彫金師にペンダントを作らせてやった。 7

***


「……あれ? ウィルは?」
「親方ならまだ作業部屋にこもってるよ」
「ふーん、熱心なことで」

 ヌモはサンドイッチをくわえたままランスに言った。具はナナカン鳥の肉とチーズだった。サイドイッチの入ったバスケットの横には、水筒に入ったミネストローネまである。どうしても工房の外に出たくないと言い張るヌモの話を聞いて、わざわざマークの妻が作って持って来てくれたものだった。
 もう日はすっかり落ち夕食の時刻を迎えていた。工房に残っているのは三人だけで、マークを含め他の弟子たちは仕事を終えてとうに帰宅している。ランスはヌモの世話係を買って出て工房に残っていた。今やこの応接室はヌモの自室と化している。

「他人事みたいな言い方するなよ、お前のためにあそこまでやってくれてるんだぞ」
「そんなに根詰めなくたって良いんだよ。普通にすりゃ、それだけで十分なものが作れるだけの腕はあるんだから」
「そこが親方の尊敬すべきところさ。十分なんていうのは合格点だけど、最高点じゃない。親方はいつも最高点を目指しているのさ……カッコいいだろ」
「馬鹿馬鹿しい。合格点スレスレの何が悪い、間に合わなかったら元も子もないぞ!」

 ヌモはサンドイッチを飲みこんだ。

「あーあ、この都の名物フルコースが食べたかったなー」
「さっきまで『美味い美味い』言いながら食べてたじゃないか、結局ハニーパイも全部食べたくせに」

 そう、ハニーパイを一人で平らげたという話を聞いたマークの奥さんが、気を良くしてこんな夕食まで用意してくれたのだ。

「人の好意を無碍にしてると、バチが当たるよ」
「おい、誰がマークの妻の料理を不味いと言った? そんな輩がいたらおっしょさんのデコピン百発食らわしてやる。我輩は育ち盛りなのだ」
「だったら今から何か食べに行くか?」
「嫌だ」

 ランスはがっくりうな垂れる。ヌモの相手は気まぐれな猫を相手するより大変だ。

「お前よくそんなワガママな性格で生きてこられたなぁ……」
「こればかりはワガママなどではない」
「理由があるのか?」
「人身売買の組織にさらわれかけたことがある、この目のせいで。だからあまり人の多いところには行きたくないのだ」

 ヌモは拗ねたふうに頬杖をついて、ぷいと横を向いた。

「……正直、ウィルを引き止めるのに変装を解いたときは死ぬほど怖かった。あれは本当の本当、最終手段だ」
「変装してるほうが目立ってると思うけどなぁ」
「ふん、我輩の体からにじみ出る大物オーラは外套などでは隠せないのだよ。下々の者どもには理解できない悩みであろうがな」

 ヌモはソファにふんぞり返った。

「……ウィルに言うなよ」
「分かったよ」

 ランスは笑ってヌモの後ろを盗み見た。ウィルは肩をすくめて見せると、音を立てないように引き返して行った。ヌモを気遣ったというよりは、話をややこしくしてヌモに騒がれるのを避けたのだろう。ヌモは全く気付いていないようだ。

「暇だからトランプでもするか?」
「ふん、仕方ないから相手をしてやる」

 そう言いながらヌモは自前のトランプを差し出した。

「はは、乗り気じゃないか! なら切っておいてくれ、僕は親方を呼んでくるよ。お腹空いてるだろうから」

 ランスは席を立った。昼ご飯を食べ損ねたままのウィルの空腹加減は、想像するに堪えない。

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