彫金師にペンダントを作らせてやった。 6

***


「それにしても酷い割れようですね」
「オパールは単結晶の宝石ではないからな。綺麗に真っ二つにでも割れてくれればまだ使いやすいが、これはあらゆる方向に割れてしまう」

 ランスの言葉に返しながらウィルは作業を進めていた。
 ランスはウィルに呼ばれて、デザイン画の寸法計算を手伝い終わったところだった。複雑ではない部分の計算だったが、こんな急ぎも急ぎの仕事の手伝いをさせてもらえて嬉しくもあった。ミスできないというプレッシャーを乗り越えて気持ちが高ぶっていたのか、ついつい話しがしたくなって、目の前の石の話題をふったのだった。

「そういえばヌモは何をしている」
「ハニーパイをたらふく食って昼寝中です。とりあえず応接室のソファに寝かせておきました」
「全く良い御身分だな」
「そりゃあ、元他国の王子様らしいですからね」
「何?」

 ウィルが初めて手を止めた。

「自称、ですけどね。マークは『嘘だろう』って言ってたけど、僕は本当なんじゃないかって思ってます」
「何故そう思う」
「だってそんな家柄じゃなきゃ、あんな喋り方しないでしょう? 普通」

 ウィルが作業に没頭している間、工房の弟子たちはヌモに色々な話を聞かされていたそうだ。
 初めはヌモが仕事の邪魔をしないようにと、交代でお守をしているつもりだったが、いつの間にかその奇妙な語りに引き込まれて、耳をそばだてているような状況になっていたらしい。

「なんでも“しるすひと”とかいう職に就くために、王子の位を捨てたって。今は超怖い師匠と一緒に世界中を旅してるそうです」
「あんなのを弟子にとる師匠の気がしれないな」
「才能があるんだって自分で言ってましたよ」
「はっ、世話ないな」

 ウィルはニヒルな笑みを浮かべて机の上の道具を手に取った。ランスとの会話で少し休憩も取れたし、作業を再開しよう。

「そうそう、ヌモには双子の妹がいるらしいですよ」

 ランスが思い出したように言った。

「やっぱり双子だと、普通の兄弟なんかよりも繋がりが強いんですかね? 一人前の“しるすひと”になれるまでは会えないんだって、しきりに言ってました」
「そうか」

 ウィルは気のない返事をした。ランスはウィルが作業に没頭したいのだと気付き、何も言わずに部屋を出て行った。
 ウィルはふとプライヤーを握ったまま目の前の壁を見た。壁に貼られた注文書を見るわけでもない、ヌモが「病気の妹の頼み」だと叫んでいたことを思い出している。「死ぬ前に」という言葉も。

(あれは作り話だと思っていたが……まさか本当の話なのか?)

 そういえばヌモはこのオパールを「家宝」だと言わなかったか。確かに家宝にしてもおかしくない程の価値はある。そうだとして、一族の家宝をあんな子どもに託す理由とは何か。
 ウィルの頭の中で信じられない美談が導き出されていく。ヌモがあんなにも急いでいるのは、真実、妹がいつ死んでもおかしくない一刻を争う状況だからなのではないか。手段を選ばずに自分の都合ばかり押し付けてくるのは、妹を想う気持ちが強すぎる故なのではないか。

「……まさかな……」

 ウィルは首を横に振った。
 しかし自分が一番よく知る双子――アメルハウザー家の可愛らしい姉妹に置き換えて考えてみると、ヌモの行動は不自然だとは思えなかった。丁度、年も同じくらいだろう。ヌモほど無礼千万な振る舞いはしないにしても、同じ行動を取るのではないか。そして双子の家族、例えば祖父のアルフォンスだって、孫娘の最期の願いとあれば家宝など喜んで差し出すだろう。 
 ウィルは寸法計算まで終わっていたデザイン画を見、やがてプライヤーを置いた。

「ランス、すまないが計算のし直しを頼む。マークも……いや、皆、少しずつ手をかしてくれないか」

 大部屋に現れたウィルの言葉を聞いて、弟子たちが顔を見合わせた。

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