彫金師にペンダントを作らせてやった。 5

「言いたくないだと?」
「言ったら絶対上手くいかなくなる気がする」
「作り手に言えないほど後ろめたい理由があるのか」
「君が心配するような理由ではない」

 ウィルはしばらく思案していたが、やがてヌモに言った。

「これはペンダントにする、明日の朝取りに来い」
「そうか、ならばここで待たせてもらおう」
「は?」

 ウィルは今度こそ声を荒げた。

「おいおい、勘弁してくれよ! ここは託児所じゃないんだぞ」
「分かりきったことを言うな、オヤジギャグにしたって面白くなさすぎるぞ。都一の彫金師がどんな風に仕事をするのか、この目で見届けたいのだ」
「……俺が手を抜かないように監視するつもりか」
「そんなわけがないだろう」

 ヌモはあくびを一つした。

「君が手抜きの仕事などするはずがない」
「分かったような口をきくな」
「分かったようなではない、見れば分かる」

 ヌモは目を細めて口角を上げた。

「作業机に無駄なものを一つも置いていない。道具は使い込まれているのにぴかぴかに磨かれている。富豪ばかりを客に選んでいる訳ではないことが壁一面に張られた注文書の隅に書かれた請求金額から分かる。そこに置いてあるデザイン画のほんの微細な部分、誰も注目しなさそうな部分なのに何度も修正した跡がある。そして、何よりも君の手だ」
「手?」
「我輩の石を、決してぞんざいに扱わなかった」

 割れて価値が暴落した石。それもいけ好かない人物の持ち物とあっては、自然とぞんざいに扱ってしまうものである。

「そうしなかった君を我輩は信頼する。本物の職人というものは、手を抜こうとしても抜けないんだ……相手が嫌いな人間であろうがな」

 ヌモは勝ち誇ったように悪人の笑みを浮かべた。
 ウィルは視線をヌモからオパールに移した。少しでもヌモが「手抜きするのではないか」と疑っているそぶりを見せたのなら、工房から摘まみ出すつもりだった。職人としてのプライドがあるからだ。
 それなのにこの生意気で高飛車なヌモは、本当にウィルを信用しているようなのだ。ウィル自身は、ヌモのことなど何一つ信用していないというのに。

(詐欺よりタチが悪い)

 ウィルの気も知らず、ヌモは「ふふん、どうだスゴい観察力だろう!」と仁王立ちしていた。ウィルはシャツの袖口のボタンを外して腕まくりする。

「少しでも邪魔したら放り出すからな」
「はいはーい」

 ヌモは間延びした返事をし、ウィルという人間が職人に変化するのを見て閉口した。職人の目というのは、自身の師匠の目と類似していて苦手だった。よく切れるナイフを彷彿とさせるのに、それでいて焼けるように熱い。
 しばらくウィルの傍で作業の様子を見学していたヌモだったが、得意の毒舌を持て余して気が変になりそうになったのか、ウィルの作業部屋を出て行った。ウィルはドアの向こうから聞こえてくる物音や声から、ヌモが工房内を見学していることを知る。

(皆の邪魔をしなければ良いのだが)

 それ以降、ウィルの耳から全ての音が遠ざかって行った。

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