パンケーキの斜塔 1

 何度やってもパンケーキは二枚目からしか綺麗に焼けない。だからいつも一枚目は自分用にして、綺麗に焼けたものを相手に食べてもらう。それが神田美夜という女のモットーとも言うべき習慣だった。
 けれども今日革命が起きた。何故か一枚目も綺麗に焼けてしまったのである。
 あのデコボコとしたブチ模様のような焼きムラがない、きれいな薄茶色。厚さも二センチ弱とハイスコアを叩き出している。
 美夜はテンポ良く次々とパンケーキを焼いていく。
 これはきっと「パンケーキを焼くなら今日よ」とパンケーキの神様が言っているに違いない。ああ、ありがとう。パンケーキの神様。私、パンケーキを極めます!
 そう思って本能の赴くままにパンケーキを焼いていたから、こんな事になってしまったのだろうか。

――「誰がこんなに食べるのよ…!」

 正直に飛び出た感想に、言った当の本人が悲しくなった。
 美夜の目の前には大皿に積み重なってドンと構えるパンケーキ、計十七枚。その様はパンケーキタワーとでも言いたいところだが、徐々に右に向いて傾いているのでパンケーキの斜塔といった方がしっくり来る。

「メガマ*クもビックリね」

 そう言って指を折って数え始める。

「アキラさん、悠太郎、ふくちゃん、で私でしょ?一人無理して三枚食べても…五枚余るわね」

 うな垂れて時間を確認すると、朝の九時半だった。
 朝一で仕事が入ったと言って何も飲食しないまま出て行った悠太郎も、そろそろ帰ってくる頃だろう。

「えぇい、余れば冷凍保存して非常食にすればいいのよ!これこそ本当の朝メガだって言えば笑いくらい取れ……ないか」

 美夜はメガパンケーキと密かに名付けたものを両手で注意深く持つと、キッチンのドアを背中で押すようにして出、ダイニング代わりの応接間まで運んでいった。

 運んでいる最中、斜塔の高さが仇となって前が見辛かった。そこで美夜はパンケーキの横から顔を出し、下を見るようにして応接間に向かうことにした。その運び辛さに、一度キッチンに戻って二つに分けようかという考えがよぎったが、戻るならその分進んだ方が早いと、さらに集中してパンケーキを運ぶ事に専念する。

「わー、大量だね!」

 予想だにしなかった第三者の声に、美夜は声もなくビクッと身体を震わした。
 その反動で傑作のパンケーキを皿ごと落としそうになり、何としてでも死守しようとあたふたする。その様子はまるで喜劇のなかの道化にも見える。声の主は笑っていた。
 美夜の必死の動きは逆に斜塔のバランスを崩す事になった。数秒の格闘の末、ついに上段のパンケーキが滑るようにして呆気なく落下していった。

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