彫金師にペンダントを作らせてやった。 3

「わたしは病気の妹の願いを聞き、はるばるここまでやって来たのです。彼女は言いました――『一度でいい。死ぬ前に彫金師ウィルが作ったアクセサリーを付けてみたい』と。なのに彼はそんなささやかな願いさえも」
「おい!」

 ウィルは冷や汗を垂らして少年の元に引き返した。
 子どもの戯言など放っておけば良いと思ったのは間違いだった。外套とゴーグルを取った少年は、ただの良家の御子息にしか見えず、それどころか子どもというだけで群衆の憐みを味方にできることを知っていて、ウィルを悪い大人に仕立て上げようとしていた。
 都に住む者の一人としてウィルはよく知っている。群衆は有名人のスキャンダルが大好きなのだ。栄華を極めた者が転落するさまを見たがっている。それにはスキャンダルの大小も真偽も関係なかった。
 今すぐに手を打たなければ工房が潰れかねない。
 ウィルは少年の外套をひったくり、なおもウィルを冷酷な人間に仕立て上げようと声を張る少年の頭に被せた。身なりを元の不審者に戻させながら、周りには聞こえないほどの声で脅す。

「それ以上俺の評判を落とすようなことを言ってみろ。名誉毀損で訴えてやる」
「ならこっちは器物破損で訴えてやるもんね!」

 少年が下まぶたを下げてべっと舌を出した。

(今どき、あかんべえをする子どもがいるか……?)

 ウィルの怒りは謎の感動と共に鎮火していく。脱力していると、少年がこちらを真っ直ぐに見据えていた。

「お前……なんだ、その目は」
「ふん、説教するつもりか?」
「そういう意味じゃない」

 間近で見た少年の目は奇妙な色合いをしていた。ホワイトオパールの眼球にファイアオパールの瞳を貼り付けた義眼が、実際に少年の血肉となって眼窩に収まっているような錯覚に陥る。

「金はある」

 少年が懐にある袋の中身をちらりと見せた。ウィルは子どもに似つかわしくない大金に驚いて身じろぎする。

「本当に時間がないんだ、作ってよ」

 少年は静かな声で、しかしはっきりとそう言った。
 子どもが頼みごとをする声は、大人が命令するのと同じように聞こえる。こちらの都合など考えず、向こうの都合ばかり押し付けてくる。

「……来い」

 ウィルは工房へと歩き出した。すかさず少年が「うわぁ、彫金師ウィルさんって超良い人! どんなお客さんでも大切にするんだね、さっすが一流は違うなーすごーい!」とおおげさに声を上げた。
 ウィルは恥ずかしさと呆れで振り返りそうになったが、そのまま歩みを早めた。一刻も早く帰ろうとするウィルを少年が追い掛けてくる。後ろに付くなり

「後処理してやったんだから、文句は無いだろ?」

 と、のたまった。

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