彫金師にペンダントを作らせてやった。 2

「酷いよ……酷いよ……我輩の大切な石をこんなにしてしまうなんて……」

 子どもの声は泣いていた。声色から少年だということは分かったが、頭から外套のフードをかぶり込んで、目には暗褐色のレンズをはめこんだゴーグルをつけているので、少しも表情が分からない。
 自分のことを“我輩”と呼んだあたりからして、変わっているのは格好だけではなさそうだ。

「す――」

 すまなかった、謝ろうとしてウィルは思いとどまる。
 おかしい。いくら自分が前方不注意であったとしても、こんな不自然な格好をした子どもが近付いてくれば嫌でも目についたはずだ。それなのに気が付いたときにはもうぶつかっていた。
 それほどに浮かれていたのだろうかと自問自答してみるまでもなかった。

「……お前、わざと俺にぶつかっただろう」

 ウィルは低い声で言った。
 第一、こんな上物の石を子どもが持ち歩いている訳がない。何か犯罪に関わっていると考えた方が自然である。
 もしかするとこの子どもは当たり屋で、じきに仲間が出てきて「弁償しろ」などと絡んでくるかもしれない。ウィルが警戒していると少年が大声で泣き出した。

「んなワケないじゃん! 誰が好き好んでじじいなんかにぶつかるかよ!」
「じっ?!」
「おいじじい弁償しろよ、これは家宝なんだぞ! 我輩が名高きジュビア家の者と知っての無礼か! 非を認めやがれ、このクソじじいー!」

 公衆の面前で盛大に侮辱され、ウィルの頭に血が上る。

「名高き家の者と言うわりに、全く品を感じさせないな。真っ直ぐ道を歩いていただけで何故そこまで責められねばならないんだ。お前こそ反省したらどうなんだ」
「うえええん、折角“彫金師ウィル”に会えるっていうのにー!」

 ウィルは片眉を上げる。

「今なんて言った?」
「彫金師ウィルだよ。ウィルを知らないとか、貴様やはりじじいだな! 時代遅れのじじいめ」
「そのじじいがウィルだったらどうするんだ」

 ぴたりと少年が泣きやんだ。

「君が彫金師ウィルだと?」
「だったらどうなんだ」
「ブローチを依頼するつもりだったが石が割れてしまった。もうアクセサリーなら何でも良いから、なんとかしてくれ。我輩には時間がない」
「断る」

 ウィルは即答して石を少年に返した。

「生憎今は依頼が立て込んでいて急ぎの依頼を引き受ける余裕は無い。申し訳ないな、名高き家のお方」

 まんざら嘘でもなかったが、嘘だった。
 少年が“辟易してしまう客”の内でも強烈な部類に入るという理由もあったが、なによりも素性が怪し過ぎるのが一番の理由だった。怪しい依頼には関わらないのが己と弟子たちのためである。

「断るだと? 何を言っているんだ」

 少年は心外だとでも言いたげな声を上げた。先ほどまで大泣きしていたのが嘘のようにあっけらかんとしている。

「我輩からの依頼を断るなどという選択肢は無い。なぜなら我輩はオリクトだからだ。分かったらさっさと作りたまえ」
「オリクトだか何だか知らないが、お前は人にものを頼む言葉も知らないのか」
「お願いしますよぉー、ウィルスさーん」

 ウィルは肩をすくめた。これ以上こいつと関わるくらいなら仕事をしていたい。踵を返して十歩ほど歩いた時、背後で少年が叫ぶのを聞いた。

「通行人の皆様、見ましたか今のを! 彫金師ウィルともあろう方が、子どもからの依頼は引き受けられないと、そういうのであります。これはれっきとした差別です、酷い話ではありませんか!」

 歩きながらウィルは群衆のどよめきの質が変わるのを聞いた。不思議に思って振り返れば、不審な少年の代わりに、身なりをきちんと整えた青髪の少年が立っていた。

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