彫金師にペンダントを作らせてやった。 1

 晴天の都は活気にあふれていた。
 ドアを開けた瞬間押し寄せてきた街の喧騒を背にウィルは振り返ると、玄関先まで見送りに来てくれた夫妻に軽く一礼して彼らの屋敷を後にした。羽付き帽をかぶりながら大通りの人の流れに合流する。前から人が歩いてくるのを見て帽子のつばを目深に傾けた。
 自然とこぼれる笑みを誰にも見られたくなかったのだ。

『こんな素敵なものを作って頂いたのは初めてです。本当に、ありがとうございました』

 そう言いながら顔をくしゃくしゃにして笑った依頼主と、彼に肩を抱かれた妻のはにかみが印象的だった。まだ若い夫婦。その夫人の胸元に光るブローチが彼女によく似合っていたことを思い出すと、こちらまで嬉しくなってくる。彫金師冥利に尽きる。弟子に頼まず自ら品を届けに来て良かったと思いながら、ウィルは颯爽とした歩みで工房に向かっていた。
 近年“都の宝”とさえ呼ばれるようになったウィルの工房の元には、毎日沢山の依頼が舞い込んでくる。ウィルは弟子たちと共に、小さなピアスから大きな姿見までどれ一つとして妥協は許さず、納得のいく作りで以て依頼者に応えていた。これは胸を張って言えることだし、誇りでもある。
 しかし自身の工房で作られた印である刻印がブランドロゴと化していくにつれ、辟易してしまうような客が増えたことも事実だった。装飾品を権力や財力の誇示のために使う人からの依頼は、引き受けたとしてもやはり気持ちの良いものではない。
 だからこそ今回の依頼主のように、純粋に「大切な人を喜ばせたい」という依頼を引き受けると心底ほっとするのだ。

(今日は皆で飲むか)

 ウィルは弾まれた報酬を弟子たちに還元する方法を考えていた。まだ昼にもなっていなかったが、会議場の前まで来て、新しくできたという評判の良い酒場に連れて行くことを思い付く。
 工房に着いてからの仕事の段取りを考えていると、突然視界に黒いものが現れた。

「うぎゃっ!」

 声を上げたのは相手の方だった。思い切りぶつかられた衝撃でウィルもよろめく。踏みとどまったところで、バキャッと何か固いものが割れる音が辺りに響いた。
 咄嗟にウィルは自身の足元を見た。何もない。
 通り過ぎていく辻馬車と、黒い物体が道に駆け寄ってうずくまるのを見つけた。

「すまない、大丈夫か!」

 何が起こったのか分からなかったが、とりあえず黒い物体の無事を確認しようとウィルが近付いた。

「うわああぁぁあああ!!!」

 黒い物体が絶叫した。一気に群衆の視線が向けられる。
 ウィルは心臓を跳ねさせながら黒い物体をよく見た。その正体が黒い外套を頭からかぶり込んだ子どもだと分かったのは、袖から差し出された手を見たからだったが、それよりも目を奪われたのはその手の中にあるものだった。

「……見て……」

 子どもが言った。

「見てよ、これ……!!」

 ウィルは言葉を失ったまま、それを受け取ってしまった。
 割れた白い宝石。長く彫金師という仕事をしてきたウィルには、それが紛れもない本物のオパールだということが分かった。割れる前はさぞかし美しく磨き上げられていたのだろうが、今はいびつな形で五つほどの砕石になっていた。手のひらの上でパズルのように合わせてみれば、赤子の手のひらほどの大きさもある。

「なんてことだ」

 思わずウィルも落胆の声を上げてしまった。これほどのオパールならばアクセサリーどころか調度品にしたって引けを取らなかったはずだ。ウィルをよほど落胆させたのは、頭の中に浮かんだ数々のデザイン画が、もう決して実現しないという事実だった。

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