レイトショウ 5 その声もまた女の声に掻き消された。まるで嫌がらせのように続くそれに、ますますどうすれば良いのか分からなくなった美夜は、ゼロの顔を直視できずにうつむいてしまう。聞こえないならばと、ゼロは耳打ちしようと美夜の耳元に顔を近付けた。 「ひゃあっ」 今度は美夜の声だった。その甘さにゼロは口を押さえて離れる。美夜は耳を押さえると涙ぐんだ目で恨めしそうにゼロを見た。耳が弱いなんて知らなかったし、悪戯されたと勘違いされては困る。ゼロは必死に首を横に振って否定する。美夜の手の消えかかっているメモを見て、思い付いたように手を差し出した。 『そ・と・で・る・?』 掌に指で一つずつ文字を書いてみせると、美夜はすぐに頷いた。 ゼロは買い物袋を持って立ち上がった。早くここから出ようと体の向きを変えた時、後ろのカップルのあられもない姿が目に入った。冷や汗が吹き出す。 「――こっちです!!」 「きゃっ?!」 ゼロは続いて立ち上がった美夜の肩を引き寄せた。「前だけを見てください!」そのまま美夜に後ろを向かせないようにしながら、強引に歩を進める。美夜は何が起こったのか分からずに足をもたつかせていたが、そのまま大人しくゼロに引き摺られた。 * * * ムスクの匂いから解放されて外の空気を吸うと少し健全さを取り戻せた気がした。ゼロは名残惜しさを手に残しつつ美夜を解放すると、肩を抱いたことを謝った。 「びっくりしたけど大丈夫よ。急にどうしたの?」 「その、後ろのカップルが……」 「カップル? どうかしたの?」 「その……」 言葉を続けられない、墓穴を掘った。上手い嘘を吐こうと考えを巡らせたが既に遅かった。美夜はまたうつむいて黙ってしまっている。 (バカだ……) 普段なら絶対にしない失敗なのに。動揺している自分が格好悪くて腹立たしかった。 この関係が壊れてしまうような気がして怖かった。美夜の怯えた表情が――あんな行為だけが男女の全てじゃないのに。俺が望んでいるのはあんな関係じゃないのに。ナイフを踏破する姿を見ても変わらず接してくれた彼女の顔が、今は見えない。 「――えいっ」 「わぁッ?!」 美夜にいきなり胸を触られたゼロは、女の子がするみたいに胸に手を当てて後ずさりした。 [ ← ] | [ → ] ≪ ページ一覧 |