レイトショウ 3

「……あっ!」

 舞台に影が現れる。道化師だ。彼は粛々と舞台の中央へと歩いて行き、客席に向かって恭しく一礼すると静かに語り出した。

「さて今宵、紳士淑女の皆々様にご覧頂きますのは『千夜一夜物語』――またの名を『アラビアンナイト』と呼ばれる御伽話で御座います」

 ほっ。なんだ、子ども向けの映画なのね。
 ごたいそうな前語りまであるというのに、美夜の頭の中では、こすれば陽気な魔神がでてくる魔法のランプや意志を持った空飛ぶ絨毯が踊っている。

(そういえばあのランプの魔神さんって、ジャンさんに似てるかも)

 気付いて思わず吹き出しそうになった。ジャンが魔神なら何度でもお願いを叶えてくれそうだし、もしもシュクルがそのランプを手に入れたとしたら、きっとお菓子のお願い事しかしないのだろう。イチゴに「あんたもっと他に使い道ないわけー?!」なんてたしなめられてそうだ。
 止まらない妄想に「ダメよ笑っちゃいけないわ」と我慢している美夜の横で、道化師の前語りをしっかり聴いていたゼロは心をざわつかせている。

「……妻の不貞を見て女性不信となったシャハリヤール王は、都の若い娘と一夜を過ごしては殺しておりました。それはもはや狂気の沙汰で御座います。誰も止めることなど出来はしません。三年もすると都からは若い娘がいなくなってしまいました。それでも王は若い娘を連れて来るよう大臣に命令します。
 恐怖と苦悩にやつれた父を見かね、大臣の娘シエラザードはこう言いました……『お父様、わたくしに良い考えがあります』――彼女は暴虐の王を止める為、自ら王の元へと嫁ぐと言うのですが、果たしてどのような考えがあるというのでしょう……。
 わたくしめの案内はここまでで御座います。では――」

 一礼した道化師が霞のように消えていく。それと同時に照明が落ち、青く光るスクリーンだけが闇の中に浮かび上がった。
 スクリーンには鳥が見るような世界が映し出されている。月光で青白く光る広大な砂漠を超えて行くと、都が見えてきた。所々に豊かな水源を誇示するかのように噴水が造られ、街路樹としてヤシが植えられている。中央に据えられた煌びやかな宮殿へと飛び、その壁面を這うように上昇すると天窓が見えた。その天窓を覗きながらスパイラルを描くように落ちていく――重なる二つの影があった。

『――』

 艶めかしい女の声。
 美夜の口もまた「あ」の形に固まる。

(これは……)

- 27/40 -
[ ] | [ ]



≪ ページ一覧
- ナノ -