レイトショウ 2

「行きましょうか!!」

 恥ずかしがりながら腕を回してくれた美夜に、ゼロは分かりやすいほど上機嫌になる。

(今まではまるで“のれんに腕押し”だったのに、こんな反応を見せてくれるなんて……)

 あの夫婦を追い掛けて、美夜ばりにお礼し倒したいくらいだ。上着越しにも伝わってくる美夜の体温を腕に感じながら、ゼロは歩を進める。
 対して美夜は心臓の健康を気にしている。

「どうぞごゆっくり……」

 窓口からの声に送られて扉を開くと、ムスクの匂いが迎えてくれた。甘く粉っぽい異国の匂いは薄暗い館内を満たし、キャンドルを並べて作られた通路は別世界への道筋のようだった。美夜よりも夜目の利くゼロが足元に気を付けるよう言いながらエスコートする。座席までの途中、二人は他にどんな人たちがここに来ているのだろうと見回してみたが、カップルしかいなかった。というか――。

「やはりここも二人掛けなんですね」
「わーお……」

 ゼロが二人掛けのカウチソファーの背に金糸で刺繍された番号を確認する。何故か一人掛けの席がないこの映画館……それも全部ふかふかのソファーだし、周りの席との距離が十分過ぎるほど開いている。何かがおかしい。
 まだ少し騒がしい館内でゼロは美夜に座るように促す。彼女が左端に座るとゼロは何気ない動作でそのすぐ隣に座った。買い物袋に彼女の隣を譲る気は毛頭ないらしい。そんな些細な愛情表現に気付くはずもない美夜は、ゼロが袋を右端に置いている間も、きょろきょろと物珍しい館内を見回していた。

「すてき……」

 美夜の小さな歓声にゼロが見上げると、天井には立体的な小さな星のモビールが幾つも吊り下げられていた。それは高さを変えながらランダムに散りばめられ、仄かな光を放ちながら延々と回る。本物には程遠い人工的でチープな星空だったが、それがレトロなこの映画館の雰囲気に合っていた。
 始まりのベルが鳴る。

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