ハッピーバレンタイン! 3

 ***


 イチゴはキッチンを出て行った。
 自分よりも残念そうな、というより、悪いことをして怒られた後の子どもみたいな顔をした美夜とは、なんとなく一緒に居づらかったし、疲れて眠たくなってきたこともあった。
 そういえばシュクルは大人しく眠っているのだろうか。この匂いで目を覚ましたりしていないのだろうか。
 イチゴがそっとシュクルの部屋を覗こうとすると、隣の部屋から灯りが漏れていることに気付いた。

「おお、イチゴかァ!」

 ジャンはイチゴに、入口に立っていないで部屋の中に入れと言った。

「何をしてるの?」

 イチゴはキングサイズのベッドに座らされて、ジャンが机の上で何かを描いているのを見た。

「新しい菓子を作ろうと思ってなァ」

 ジャンが何枚かの絵を見せてくれた。なんだか丸いもの、ぐにゃぐにゃしたもの……お世辞にも上手いとは言えない絵。けれども、大きな字で力強く書かれたいくつものメモからは、ジャンの菓子に対する実直な姿勢が伝わってきた。
 イチゴは目を丸くする。
 知らなかった。まさかジャンがこんな風にお菓子を作っていたなんて。いつも行き当たりばったりで作っているのだと思っていたが、そうではなかった。

「なんでぇ、目を丸くしちまって! オッチャンの絵の下手さに驚いて声もでねぇか? ガハハ!!」
「ホントね、下手すぎてかわいそうなくらいだわ」
「ダァーハッハッハ! ハッキリ言うなァ!」
「……でも、現物は美味しいから良いんじゃない?」

 イチゴが手をさすりながら言った。ジャンがやっと手の傷に気付いて、その理由をイチゴに問う。
 話を聞いたジャンは、イチゴの頭をわしゃわしゃと撫でて笑った。

「戻って、最後まで作って来い!」
「そんなこと言ったって……こんな手じゃ」
「上手くできなくてもえぇんだ、イチゴ。オッチャンは、お前が一生懸命作ったトリュフを食ってみてぇ。げちょんげちょんでも食うぞ!」
「げ、げちょんげちょんって失礼ね! こんな手でも、そこまで下手には作らないわよ!」
「そうだその意気だ、ガハハ!!」

 ムッと頬を膨らましたイチゴに、ジャンがまた大きな声で笑う。

「失敗はしてもえぇんだ、後悔だけはすんなよ。あれはほろ苦くもなけりゃ、ただ不味いだけだ」

 それからジャンは大げさな身振り手振りを交えて、イチゴに何かを言った。
 イチゴは目を輝かせて、キッチンへと戻って行った。

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