ハッピーバレンタイン! 2

 ***


 思えばこうしてお菓子を作ること自体、ほとんど初めてかもしれない。
 イチゴは板チョコを細かく刻みながら、なぜこんなにも細かく刻む必要があるのだろうかと、手で粉々に割りたい衝動をこらえている。

(あーもう、最終的に溶ければいいんでしょっ?)

 ざくざく……ざくっ!
 イチゴの危なっかしい包丁さばきに、美夜はひやひやしている。何度も「猫の手!」とお決まりのセリフを言うのだが、イチゴは「分かってるわよ」と、ちっとも分かっていなさそうに答えるのだった。
 それだけ集中しているってことなのかな。美夜はこんな真剣な様子のイチゴを見るのは初めてで、少し驚く。
 イチゴはそんな美夜の顔さえ見ることを忘れて、チョコレートを刻み、ボウルの中へと入れていく。溶けかけのチョコレートが手にべったりと付く。

「それじゃあ入れるよー」

 美夜が、温めた生クリームを、刻み終わったチョコレートの上に流し込んでいく。白い生クリームの中でチョコの欠片が踊る。
「混ぜて〜」美夜に言われてイチゴが泡立て器を動かす。
 刻んだチョコレートが生クリームに溶けて、まろやかな茶色の液体へと変わっていく。それだけの、わずかな変化だったが、イチゴはもう目を離せなかった。甘い匂いが湯気とともに伝わってきて、幸せな気分で満たされる。
 これをガナッシュというのだと美夜が教えてくれた。

「たまには作る側も悪くはないわね」
「ふふ、そうだね」

 いつもよりも素直なイチゴに美夜はキュンキュンしている。
 ああ、こんなイチゴちゃんが見られるのなら、毎日バレンタインでもいいわ〜。などとまた妄想に浸っている間に、イチゴは自分でレシピ本を見て、次の段階へと移ろうとしている。

「冷やせばいいのね?」

 イチゴがバットにガナッシュを流し込もうとする。
 美夜が目を覚ましたのは、イチゴが短い悲鳴を上げたからだった。手が滑ってボウルを落としそうになり、なんとか中身をこぼさずに済んだのだが――。

「大変!」

 手を切ってしまっていた。
 置きっぱなしにしていた包丁に手を当ててしまったようだ。

「ふんっ、こんなの平気よ」

 強がるイチゴだが、痛いものは痛い。急速に幸せな気分が冷めていく。なんて自分はドジなんだろう。

「ごめんね、痛かったね。私が先に包丁直しとくように言っていれば、良かったね。本当にごめん」

 美夜が謝り倒してくる。
 イチゴは黙っていた。美夜が相手では「あんたのせいよ」とも毒づきにくく、かといって「あたしこそ気をつけていれば」などと自分の失敗を素直に認めることもできない。
 傍目には不満そうに見える顔をしたイチゴに、美夜はそれ以上余計なことを言わなかった。
 イチゴは手当ての済んだ手を気にしながら、美夜が代わりに作業を進めてくれるのを見ていた。
 あとは冷やしたガナッシュを丸めて、ココアパウダーや粉砂糖をまぶすだけ。
 でも、こんな手じゃ、もう何もできない。
 イチゴはあきらめている。
 実はガナッシュを丸めるのが一番の楽しみだった。シュクルたちに「すごいね」と驚かれるように、きれいな団子のかたちになるように、完璧に丸めてやろうと、燃えていた。
 ココアパウダーをまぶすことくらいならできるが、それだけしたって意味がないのだ。
 最後までやり遂げられないことが、すごく腹立たしくて、やるせなかった。

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