ハッピーバレンタイン! 1

「イチゴちゃんはどうするの? バレンダインデーのチョコ!」

 と、美夜に耳打ちされた。
 めずらしく店番を頼まれて「そんなに人手不足だったかしら?」と思っていたら、本当の目的はこれだったらしい。イチゴは合点のいった顔で美夜を見た。

「そういう美夜は? 誰にあげるの?」
「もちろんお店のみんなよ〜、シュー君は多めにするつもりだけどね!」

 本当にお菓子が好きなんだもん、と美夜はにこにこして言う。
 そのセリフには、三人まとめて義理チョコというニュアンスが含まれていて、イチゴは若干誰かを不憫に思った。

「私、イチゴちゃんと一緒に作りたいなぁ」
「なんでよ」
「一人で黙々と作るよりも、二人であーでもないこーでもないって言いながらの方が、楽しいじゃない? 協力すれば早く作れるしね!」
「早く?」
「そう、だってほら、もたもたしてたら」

 美夜が苦笑いする。

「匂いでシュー君を呼び寄せちゃう」
「全く面倒なやつね」

 イチゴが呆れたように言う。
 二人はシュクルの超人的なお菓子探知能力に頭を抱える。彼に内緒でチョコを作ろうと思ったら、こちらも超人的な早さで対応しなければならない。
 いや、それだけでは不十分だ。
 巨大な換気扇を回すか、部屋のありとあらゆる隙間をガムテープでふさいで匂いが漏れるのを防ぐしかない。
 美夜の脳内劇場では、ジャンの手動換気扇が回っている。白い歯を見せながら丸太をぶんぶん回し、その暴風の中でイチゴと二人、チョコを作っているのだ。ピシッと窓ガラスにひびが入り、板チョコのように割れて飛んで行く。

「イチゴちゃんが飛んじゃう!」
「え?」
「あ、なんでもない。ねぇねぇ、一緒に作ってくれる?」
「そんなに頼まれたら、手伝うしかないじゃない!」
「やった! ありがと〜」

 二人はレジの陰に身を寄せて、ひそひそと計画を練る。
 キッチンは店のを借り、シュクルが寝たあとに実行することに決まった。

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