トワイライトショウ 3

(かなり距離があるな……)

 ゼロは人々の間を巧みに擦り抜け、飛躍し、男を追った。人々の騒ぎや悲鳴や怒声が男の居場所を教えてくれるものの、逆にその人々が邪魔となって姿が確認できない。
 おそらく男はこのマーケット街に詳しい。追いながらゼロは思った。人ごみや屋台などの障害物があるのは同条件なのに、もどかしいほど距離が縮まらないのは、男が追手を撒こうと上手くルートを選択しているからだろう。

(裏道に入られたら終わりだ)

 ゼロは大きく跳ぶと屋根の上を走り出した。人も屋台もないが今度は建物の落差が障害となる。
 けれどそれは人間であればの話で、マモノのゼロにとっては何てことのないただの階段に過ぎない。

「待て!」

 ゼロの声は男に届いた。確実に縮まってしまった距離に、捕まるのは時間の問題だと男は舌打ちをする。ベルトのホルダーからナイフを抜いた。

「くそっ!」

 それこそが禁忌だったと男は最後まで気付かなかった。迎え撃とうとした彼が最後に見たのは飛び掛かるゼロの掌だった。
 ゼロは驚愕に歪む男の顔を片手で掴むとそのまま地面に叩き込んだ。その勢いは止まらず、男は数メートルほど地面を削り進んでからようやく止まった。土埃が晴れると、それまで水を打ったように静まり返っていた野次馬たちから、急に大きな拍手が湧きあがった。
 男は死んでなどおらず、見事に気を失っているだけだったと気付いたからだ。
 寸前のところで手加減をしたゼロに称賛の言葉が飛び交う中で、ゼロは収まらない。男からナイフを奪い取ると、容赦なく踏み付けた。

「ゼロさん……?」

 遅れて駆けつけた美夜が見たのは、普段のゼロからは考えられない姿だった。
 ナイフを踏破する様は正当防衛の域を超え、確実に周囲に恐怖を与えた。それを見て美夜も全く動揺しないわけがない。息を飲んで離れていることしかできなかった。
 彼は人間ではない、マモノなのだ――そう思い知らされてしまった。

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