トワイライトショウ 2

 * * *

「どうしたらゼロさんみたいなしっかり者になれるのかしら?」

 最後の手続きを済ませて店から出ると、美夜が言った。

「お買い物もちゃんと覚えていたし。さっきだって私が押しても引いてもびくともしなかった酒樽を軽々と持ちあげてみせちゃうし……あ、もしかして筋トレすれば記憶力も上がるのかな?」
「だとするとジャンさんは、努力しなくても記人になれるかもしれませんね」
「うーんやっぱ違うかも〜」

 美夜は自分の失言に気付かない。けれどまぁ勘違いして筋トレし始めるよりは良いかとゼロは思い直して、ずっと提案しようと思っていたことを口に出した。

「美夜さん。もし良かったら一緒に、他のお店を回ってみませんか?」
「やったぁ本当?! うん、良いよ! 実は私もショッピングに付き合ってくれないかな〜って思ってたの。独りじゃさみしいし。行きたいお店があったんだ〜」
「じゃあそこから行きましょう。どこにあるんですか?」
「こっちよ〜」

 すんなり始まったデートにゼロは喜んだが、恋愛に鈍感な美夜はこれをデートだとは認識していない。その二人の認識の違いが、いつだってこの微妙な距離感を保たせていた。

 夕暮れのマーケット街は、夕飯の材料を求めてやってきた買い物客でごった返している。人ごみに慣れていない美夜は人にぶつからないよう心を砕きながらゼロと歩いて行く。前から身なりの良い初老の夫婦がやってきた。道を譲る。そろそろ目指している店が見えてくる頃か――そう思った時だった。

「誰か!」

 悲鳴に振り返ると、地面に倒れた婦人を介抱する老人の姿があった。先程擦れ違った夫婦だ。周囲に人は沢山いたが、真っ先に駆け寄ったのはゼロと美夜だった。

「大丈夫ですか?!」
「引ったくりです、あの男!」

 老人が指したのは、通行人を押し退け脱兎のごとく逃げている若い男の姿だった。彼の手には婦人のバッグがある。婦人はそれをひったくられた際に突き飛ばされたらしい。

「美夜さん、二人をお願いします!」
「えっ?!」

 ゼロは男を追った。婦人の体を支えていた美夜が何か言おうと口を開いた時には、もう声が届かない。

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