トワイライトショウ 1

「忘れないようにってメモしたのに、そのメモを忘れるなんて……」

 マーケット街のど真ん中まで来て、ようやく買い物リストを忘れたことに気が付いた美夜が、人生最大の失敗をしたかのような表情でゼロを見た。ほんの数秒前までは好奇心いっぱいに店頭の品を見てはしゃいでいたのに、まるで別人だ。

「フフ、なんだ急に悲鳴を上げるからビックリしましたよ」
「わ、笑い事じゃないわ……どうしよう、全部思い出せるかしら?」
「大丈夫ですよ。それほど種類は多くなかったはずですし、一緒に思い出してみましょう」
「……うん!」

 ゼロはいつだって優しいし頼りになる。美夜は安心して、それから「お使いが終わったらショッピングして遊ぼう」などと浮かれていた自分を猛省した。
 実は、明日は店が休みなので、買い出しが終わったら二人ともそのまま上がっても良いとジャンから言われていたのだった。買い出しと言っても品は後日運送屋が運んで来てくれることになっているので、自分たちは注文の手続きをするだけ。いつもより早く上がれることになる。
 もちろんお菓子屋でのバイトは楽しいけれど、自由に使える時間もまた格別の楽しさがあるというものだ。

(今はとにかく思い出さくちゃ)

 美夜は唸る。いつものように砂糖や小麦粉だけの買い出しなら、メモなど取らなくても覚えていられるのだが、今回はジャンが新商品を作るというので、少し特殊な買い出しを頼まれていた。ゼロの言ったとおり、種類がさほど多くなかった分思い出しやすそうではあるが、一つひとつの量が半端なく多かったことが厄介だ。一つ注文を間違えれば、不要な材料が大量に届くことになってしまう。

「ラム酒を十本、は覚えてるのよ。だけど残りが全然思い出せないの」
「もう一種類お酒がありましたよね」
「そうだっけ?」
「ほら、ジャンさんが『体が炭化しちまうくれェ、あったまる菓子を作るぞ!』って言って――」
「思い出したわ! イチゴちゃんとシュー君が珍しく口を揃えて『味見できない』って言ってたもの。確かお酒の名前は……なんとかウォッカって言ったような……」
「ザハル……ザハルバリウォッカです! それが大樽二つ分!」
「あーそれそれ!! ジャンさんの故郷の銘酒だったわね!」
「あとは“不思木”の果実が三種類ありました。それは何度も声に出して確認したので覚えていますよ。一つは……」
「ちょっと待って、メモを取るわ」

 美夜はバッグの中からペンだけを取り出して「いいよ」と合図を出す。

「何に書くんですか?」
「手に書くわ。手なら落としもしないし、忘れようがないでしょ?」

 すごくいいアイディアでしょ。得意げに言われると「そうですね」と笑って返すしかない。美夜はメモを取り終えるとペンを仕舞って笑った。

「じゃあ行こっか!」
「はい」

 こうして二人は再びマーケット街を歩き出した。

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