悪戯と報償 6

「食べてみなさいよ」
「そうよ、食べてみないと分からないわ」

 今度はイチゴと美夜がニヤリと笑って答えた。ミスターは相変わらずのニヤニヤ顔で「へェ」と言ったきり、その菓子を封も切らずに眺めている。
 内心、美夜とイチゴは早くそのお菓子を食べてくれないかとそわそわしていた。
 “トリック・オン・トリート”――お菓子をせびり取る悪いオバケには、お仕置きを! 悪戯好きな町長に依頼されて特別に作った、ジャンのお菓子にしては珍しくブラックユーモアな商品だ。

「それは楽しみだねェ……」

 ミスターがクエスチョンマークの描かれたパッケージを破った瞬間だった。中から黒い霧が勢いよく現れ、彼の目の前で何かを象って消えた。消えたというのは、美夜とイチゴには見えないだけで、今、ミスターの目にはしっかりと映っているはずだ。
 この世で最も好きなお菓子が。

「なるほど……これ以上のお菓子はないねェ……」
「やった〜!」

 美夜が呑気に喜びの声を上げたのも束の間、イチゴが「行くわよ!」と美夜を引っ張って走った。幻のお菓子は口にした瞬間、この世で最も嫌いなモノへと変身するように出来ているのだ。ピーマンなんて可愛いものならばいいが、蜘蛛やゴキブリなんかが出た時には――。

(殺されちゃうわよ……ッ!!)

 もちろん食べても無害なようにはできているが、気持ち悪いことには違いない。あのミスターとかいう不審者なら、突然人が変わったように怒り狂って刃物を振り回してきてもおかしくない気がした。二人は猛ダッシュで広場の外へと抜ける。とりあえずヒトのいる場所へ――!

「お礼に」

 戦慄する。

「キミたちに《ユメ》をあげる……」

 後ろに置いてきたはずのミスターが、橋の欄干の上に座っていた。二人がへたりと座り込む前に、彼は人差し指で空気を裂く。音もなく全てのランタンの灯が消えた。青白い煙が漂う。次に炎が上がる音を聞いた時、目の前には一台の荷馬車が停まっていた。炎のように揺らめいて光るのは、荷台の花――彼が《ユメ》と呼ぶ蝶の蜜で作った芸術品だった。

「わぁっ……!」

 まるで魔法のような手品に二人が感嘆する。先程まで感じていた恐怖や不安はどこかに吹き飛んでしまった。今はもう目の前の《ユメ》しか目に入らない。
 薄くオーロラの光を宿す瓶に挿された《ユメ》は様々な色形をし、星空さえも意味のない点描画に見えてしまうくらい魅惑的なものだった。風に揺れて擦れ合うと、風鈴のように澄んだ高い音が響く。

「一つずつお食べ……」

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