釣糸を垂らす翡翠は 5

「み……ハルトさんって、釣りが好きなんですか?」
「何故?」
「だって生簀には十分なほど魚がいるのに、まだ釣ろうとしてたでしょ?」
「ああ、それは――」

 ハルトは瞼を閉じて難しい顔をする。

「つい、な……記録のためだ」

 ゼロと美夜は顔を見合わせて笑いを堪えた。
 本当に記録のためなのか、それとも釣りが好きなのか――二人には判断できなかったけれど、たぶんハルトもイチゴと同じように、楽しい気持ちや嬉しい気持ちを素直に表現できない性質なのだろう。そしてきっと、それを指摘されるのが嫌でたまらないはず。

「良かったら一緒に魚を釣ってもらえませんか?」

 ゼロが提案した。

「もちろんタダじゃなくて。店のお菓子をおごらせて頂きますよ!」
「そうね。二人より三人の方がたくさん釣れそうだし、ハルトさんも観察できる魚が増えていいんじゃないかしら?!」
「つまりは仕事のお手伝いにもなると」

 ハルトは難しい顔で、二人の白々しい遣り取りを聞いていたが、やがて黙って定位置へ座った。

「いいだろう」
「やったー!」
「丁度、お前に訊きたいことがあったのだ」
「私〜?」
「違う。ゼロにだ」
「えっ?! 俺にですか?」
「ああ。恥ずかしながら、まともに話のできそうなマモノに会ったのはこれが初めてなのだ。ここに来るまでにマモノに会わないこともなかったのだが、こちらから話し掛けようとしても、何故か逃げられたり攻撃されたり……」

(怖かったんだろうなぁ……)
(敵だとみなされたのか……)

 美夜とゼロは目を合わせないように、釣り糸を垂らした。




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【翡翠】…ヒスイ、カワセミ

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