釣糸を垂らす翡翠は 4

 振り向いた男の顔に二人は言葉を失う。
 声を掛ける相手を間違ったと思った。

「――何だ?」

 二人の様子に男の眉間の皺が深くなる。彼自身はただ言葉が続かないことに疑問を抱いているだけで、決して機嫌を悪くしたわけでも威嚇するつもりでもなかったのだが、それは二人には伝わらなかった。

「「ごめんなさいっ!」」
「……」

 反射的に謝った二人に男は米神を抑える。どうやらまた今日も反社会的暴力組織の一員か何かと間違えられたらしい。

「……私は記人(しるすひと)だ」
「えっ! 記人?」
「ああ」

 美夜とゼロは男の顔をまじまじと見る。初めて会ったにしては、どこかで見たことのあるような……そう、確かジャンの話の中でこんな特徴の記人が――。

「「眉間男さん?!」」
「……貴様ら……」

 男の額に青筋が浮かぶ。

「全く……ジャンの奴だな?」
「ジャンさんを知っているということは」
「やっぱり眉間男さんだ〜!」
「誰が眉間男だ。私にはハルトという名前がある!」

 ハルトは立ち上がった。

「ところで、ここの魚はただの魚ではないようだな」
「はい、ここの魚はお菓子の魚でうちの商品なんです」
「なるほど。
 それで私が商品を無断で獲っているように見えて、声を掛けてきた訳だな?」

 「はい」とも言いづらいので、二人は苦笑いで肯定した。

「すまなかったな。観察し終わったら、すぐに帰すつもりだったのだが……」

 見れば石で囲った生簀(いけす)の中に何匹か魚が入っていた。

「不思議なものだ。よくできている」
「ジャンさんのお菓子ですからね!」
「ね〜」

 ハルトの言葉にゼロと美夜が上機嫌になる。自分たちがお菓子を作っているわけではないが、やはり商品のことを褒められるのは嬉しかった。

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