釣糸を垂らす翡翠は 2

「私、一回貼ってみたかったのよね〜“冷やし中華始めました”的な貼り紙! 親切で少しノスタルジックで、あぁ夏が来たんだな〜って、ほのぼのとした気持ちになるんだもん!」

 普段なら感性のズレた発言に、多少なりとも指摘が入るはずだが今日は違った。

「冷やし中華って何よ?」
「食べ物ですか?」
「えっ?! イチゴちゃん、ゼロさん、冷やし中華知らないの? 美味しいのに〜」
「甘いものなの?」
「うーん、逆立ちして食べても甘くないと思う」

 相変わらず甘いものには目が無いシュクルの問いに、思わず美夜は苦笑してしまう。

「ジャンさんは知ってます?」
「いんや。菓子のことなら何でも知ってるんだがなぁ、それ以外のもんはサッパリだ! ダーッハッハッハ!!」
「そっかぁ、みんなの故郷に冷やし中華はないのねぇ……。うん、じゃあまた今度ごちそうするわね!」

 美夜は石チョコを敷き終えた。あとは大量のゼリーを流し込んで、魚たちを入れるだけだ。

「で、あたしたちは貼り紙を作ればいいわけ?」
「そうだなァ! のすたるなんちゃらってんのはよく分からんけんど、客引きにはえぇだろう」
「えっと……何て書くんだっけ?」
「冷やし中華の部分を変えれば良いわけだから……“お菓子屋さんの中の魚屋さん始めました”になるわね」
「なんかヘンね」
「分かりにくいかも……」
「じゃあ“魚屋さん始めました”?」
「お店が変わっちゃってるじゃないですか!」

 その後も五人は紙を前にして賑やかに議論していたが、とうとう初めと同じ“お菓子屋さんの中の魚屋さん始めました”に落ち着いた。そもそも捻りの無い商品名を変えれば良いのでは? という発想は浮かばなかったらしい。

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