釣糸を垂らす翡翠は 1

「夏だな!」
「夏ですね」

 店の入り口から内装のレイアウトを見るジャンとゼロが、何やら満足げに喋っている。
 彼らの視線の先には大きな水槽があった。普段はその大きさのために店の端に置かれているものを、ピカピカに磨き直し、店の真ん中に移動させたのだ。
 そう“これ”はこの季節に最も売れる商品の一つ。

「きゃ〜! 良いんじゃないっ?」

 店の奥から出てきた美夜が指を組んで喜ぶ。

「お店のドアを開けると、まず目に飛び込んでくるって寸法ね!」
「おう! インパクトあるし、涼しげでえぇだろう?」

 “お菓子屋さんの中の魚屋さん”――大きな水槽ならぬゼリー槽の中に、グミ魚やチョコ墨を吐くマシュマロイカが泳いでおり、それを客に金魚すくいの要領ですくってもらう。ゲームを兼ねた小分け売りのお菓子なのだ。もちろん観賞用にもなる。

「重、い……」
「ちょっと、しっかり持ちなさいよー!」

 シュクルとイチゴが一緒にバケツを抱えてやってきた。中には避難させていたお菓子の小魚たちが入っていたが、たぷたぷと(水面ならぬ)ゼリー面が大きく波打つので大人しくなってしまっている。

「危なっかしいな」

 すかさずゼロが手伝いに行く。これは魚でもお菓子の魚だから、落としてしまえばもう商品にはならないのだ。普段は細かいことなど気にしないジャンなら「フーフーして食っちまえ!」などと笑い飛ばしてしまいそうだが、こういうところだけはきっちりしているらしい、「おいおい、気を付けてくれよ!」という声が上がった。
 おそらくそれが、ジャンがお菓子作りだけは失敗しない所以なのだろう。そしてまたゼロのジャン崇拝へと拍車を掛けてしまう――。

「俺が魚を運ぶから、シュクルとイチゴは他のことをしてくれるか?」

 変な使命感を胸にゼロがバケツを持つ。これは良い筋トレになりそうだ。

「他のことって?」
「そうよ。商品の補充も店の掃除も、全部しちゃったじゃない!」
「じゃあ、貼り紙でも書く?」

 美夜が水槽の底に石チョコの砂利を敷きながら言った。

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