三編み騒動 「ゼロさん、私には密かな願望があるのです」 本日最後のお客様を見送って、お店を閉めた後だった。 突然改まった様子の美夜さんに多少驚きつつも、「なんですか?」と問えば、すぐには教えてもらえない。 「俺にできることでしたら、協力しますよ?」 「ほんと?!」 パアッと美夜さんの表情が輝く。 「ゼロさん」 「はい」 「三編みさせてくださいっ!」 「……三編み?」 「うん! ゼロさんの後ろ髪、三編みにしてみたいの!」 思わず後ろに束ねている髪を手に取って「これ?」と言う風に首を傾げてみれば、美夜さんは嬉しそうに頷く。 美夜さんが突拍子も無くこんなことを言い出すのは珍しいことではないけれど、その内容はいつも驚かされるものばかりだ。 俺の髪を三編みにしたいだなんて、他の誰が思うだろう? 「いいですよ」 「やったー!! じゃあここに座ってー」 美夜さんは椅子を持ってくる。 こんなことをして何がそんなに楽しいのかよく分からないけど、楽しんでいる顔を見るのは好きだから、とりあえず大人しく座っていることにした。 「ゼロさんの髪、きれいよね〜」 「そんなことないですよ」 「そんなことあるよー! シャンプーなに使ってるの? 高いやつ?」 「いえ……」 「女の子はみんなそう言うのよね〜」 「いや、俺男です」 「で〜きたっ!」 相変わらずのマイペースさに辟易し始めたころ、三編みが完成した。 その手際の良さに少し驚く。 「あーっやっぱり似合う〜見て見て!」 どこから用意したのか、手鏡を渡される。 見れば後ろに大きな鏡を持った美夜さんがいて、その鏡には自分の後頭部が映っていた。 遊びだというのに、丁寧に編まれた三編みが垂れている。 鏡の端に人影が映った。 「えぇなァ! 若いモンは!」 ジャンさんとシュクルだった。 「えー、ジャンさんもまだまだ若いじゃないですか〜! ジャンさんも三編みしてみます?」 「おう!」 「……え、するの……?」 シュクルの呟きが、ドカリと椅子に座ったジャンさんのお尻に潰された。 美夜さんが「任せて下さい! 最高に可愛くしますよ〜!」とジャンさんの髪を手に取る。 その表情には好奇心と、正々堂々と悪戯できる喜びみたいなものが溢れていて、見ているこちらにまで、その感情がうつるようだった。 俺の髪を編んでいる時も、こんな顔をしていたのだろうか? 「できました〜」 「ダァアーーハッハッハッ!!! なんじゃこりゃ!!」 渡された手鏡を割りそうなくらい豪快に笑ったジャンさんの頭には、ピョコンと小さな三編みが一本、ちょんまげのように立っていた。 その上、赤地に白のドット柄のリボンまで付けられている。 思わず我慢できなくて笑ってしまった。 「アハハッ! ジャンさん可愛いですよ」 「ほんと〜! ジャンさん、明日からこの髪型でいきましょうよ! これで小さい子にも泣かれずに済みますって〜」 「ほんとか? おい、シュクル、どうだ?!」 「怖い」 「ダァアーーハッハッハッ!!!! シュクルが即答したっつーことは、相当ヤベェってことだな!! おい、イチゴも呼んでこいよ、笑わせてやろうぜ!」 「笑いますかね?」 「ねー反応がちょっとビターだもんね〜。 あっそうだ待って! シュー君も三編みにしておこうよ〜。全員、三編みしてた方が面白くない?」 「え」 「ブハッ!! そりゃえぇな! おいシュクル、三編みにして貰え!」 「えっ」 「ほらほら〜動かないで」 美夜さんに捕えられたシュクル。 しばらく抵抗と呼べないような、ゆるい抵抗を繰り返していたけれど、とうとう観念して大人しくなった。 「ゼロさーん」 「はい」 「私も三編みにして〜」 「俺がしていいんですか?」 「うん、お願い」 美夜さんの後ろに立つ。 「とびっきり、面白可愛くしてね」 「難しい注文だなぁ」 「お客様のニーズにはお答えしなくっちゃ!」 「……分かりました。面白可愛くですね?」 「はい」 美夜さんが客になりきって笑う。 例え俺が手を加えなくったって、こんな他愛の無いことを全力で楽しむことができる彼女は、もう十分ニーズを満たしているのではないかと思う。 けれど、一度お客様だと思ってしまえば、手を抜けなくなるわけで――。 「オッチャンを超えることができたら、店の菓子好きなだけ持って帰っていいぞ! イチゴに判定してもらおうぜ!」 「……! 美夜さん、ぼくの髪どうなってる?」 「あー! シュー君、お菓子狙いね? 任せておいて! 盛りに盛るわよ〜」 「あれっ? 目的が三編みから盛ることに変わってません?!」 「盛る……ってなに?」 「見てるだけでお腹いっぱいってことよ〜」 「……幸せなひびき……」 「だな!」 ガッハッハッ! と笑うジャンさんも、シュクルと同様きっと本当の意味は分かってないのだろう。 満面の笑みで暴走している美夜さんも、このままでは全員にメイクまで施し始めてしまいそうだ。 (店の片付けもまだ終わってないのに) 淡い栗色の髪を編みながら苦笑する。 ここは幸せを売る店。 そこで働けるということもまた、幸せなのかもしれない。 ≪ ページ一覧 |