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「じゃ、多分私の方が早く帰ってくるから」


ああ、怪我すんなよ、と短い返答にまたいってきます、と返して玄関を出た。今は世間一般の人々が私と逆方向に門をくぐるような時間だ。まあ当たり前といえばそうだろう。彼らが表で私達が裏であるように生活のリズムも裏返し。そんなものだ。というか運び屋が動くのなんて人通りがある時間であってはいけないのは当たり前だ。

歩きながら前方にオーラを飛ばしてそこに移動していけばかなり移動時間を短縮できる。私の能力は単純に自分のオーラがある所に移動するというだけのものだ。放出系の特長を生かしてオーラを飛ばしてしまいさえすればそこは私の間合いになる。
仕事も至って単純。どんな方法でもいい。目的地に自分のオーラがあればいいのだから、仕事前に目的地行きの人、車、航空機にでもくっ付けておく。それだけ。





今日の仕事はとあるお屋敷からたった一冊の古書の運搬。さらにその距離も自動車で1時間くらい。よっぽど貴重なものらしく、夜だというのに黒いスーツの男達が物騒な物を持って玄関と門の周りに張っていた。
どうやら直に触れられることも嫌らしく、アタッシュケースに仕舞われた状態で手渡された。振ってみても音がしないあたりから中にはクッション剤か何かが敷かれているんだろう。一体どんな品なのかは知らないが、まあ仕事をする上では問題無い。ちょっとだけ重いけどね。

依頼主の長ったらしい注意を聞きながらそれを受け取りやっと外界の空気に触れる。月が明るくてぼんやり光る街頭が薄れていた。まったくスーツの方々も大変だ。ここにある大事なものなんてこの古書くらいだけらしいのにそのために雇われてるんだから。労いの言葉でもかけたくなる。





さてそろそろ出発しようか、と屋敷の門をくぐった時だった。
俄に強い殺気を感じて大きく後ろへ退いた。武装していたスーツの傭兵は構えたそれを使う間もなく地に伏し、それを見た玄関前のスーツ達が慌てて銃を構える。逃げたほうが良い!そう口が動く前に次の攻撃に襲われ間一髪横にいなして避けた。恐ろしいほど速い。恐らくアタッシュケースを持つ右手ごと取ろうと思ったのだろう。視界の端に倒れる屋敷の護衛達を捉えつつ目の前の男を見た。


「はは、よく躱したね。それ渡せばまあ、見逃してやらないこともないよ」

先程門の周りにいた護衛を薙ぎ倒したらしい和傘の血を払い寄越せと手をこちらに出してきた。こいつ以外にもう一人、いや二人いる。玄関のところのスーツを仕留めた男も携帯電話で話しながらこちらにやって来る。後一人は目視では確認出来ないが気配を感じる。もしかしたらこっちは別行動かもしれないけど。

逃げるのは容易い。能力を使えばきっと追いつけないだろう。けど私がそうしないのには二つ理由があった。
一つ目は配達先に自分のオーラが無いこと。仕事内容は全てさっき聞いたから事前の行動は不可能だったのだ。そして二つ目は依頼主はまだ屋敷の中にいること。今必死に逃げて運ぶことが出来てもそれが死んだらただ働きだ。


そんなことを考えて沈黙していたせいだろうか。目の前の黒ずくめの男は明らかに不機嫌なオーラを醸し、余裕たっぷりの笑顔のもう一人の男を睨むように窺った。


「君、ここに雇われてる運び屋だよね?俺達それ欲しいんだけど」

「だから寄越せ言たね。けど寄越さない。殺すしかないね」


肩を竦める青年を背景に小柄な男が振りかぶった。良かった、嘗められてる。本気でやられても困るし。

思えばその時にすぐ自宅に移動してしまえば良かったのだ。けどそんな余裕はなかった。にやりと口元を歪ませた男に能力者として身体が勝手に動いてしまった。ナイフで和傘を受け先程と同じようにいなしてから気付いたことだった。くそ、鞄が邪魔すぎる。感嘆している青年は荷担するつもりは無いようだが、目の前の男はより一層不気味なオーラを垂れ流して撃ち込んでくる。能力をどうにか駆使し背後を取ったり目眩ましをしてみて、どうにか一撃が男の腕を掠った。
まだ何分、いやもしかしたら数秒しか対峙していない。間合いを取ってからやっと少しの冷静さが戻ってきた。二人が何か話しているのも耳に入らない。どうすればいいのか混乱状態だった。


「じゃあ、生け捕りね」


唯一聞こえた最後の一言と二人が同時に向かってきたのに反応して、漸く私は自宅へ移動することに頭が回った。


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