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半壊した廃墟には所々陽が指している。しかしそこにいる者たちは影よりももっと暗く、闇より少し明るい。ナマエは自分を睨み、また警戒し、そして興味深げに視線を向ける彼らを鬱陶しそうにしながら奥へと進む。距離を取って彼女の後ろに着いて歩くフィンクスもまた同じであった。


「こいつが運び屋か」


頷くシャルナークからナマエへ視線を移したクロロは廃墟に不釣合いなソファから腰を上げ、いつも収集品を見ている時のような満足げな表情で彼女を見下ろした。ナマエの前に回って二人の間にでも立とうかと思ったフィンクスはその場の張り詰めた緊張感を察し、動かないでいる。


「あなたが団長?」

「…いかにも」

「これが欲しいなら渡します」


フィンクスにはだんだんと彼は彼女のオーラが怒りを含んでいるように見えていた。そして同時に彼が普段の人付き合いを見たことの無いナマエにも人の好き嫌いがあるのだと気づいた。
小さく笑ったクロロは一度ナマエの手元のケースを見てから目を細めるとじっと彼女の目を見た。


「確かにそれは魅力的だが、俺はお前の能力に興味があってな」

「そうですか」


私は興味が無い、とでも言いたげな表情のナマエは目を瞑りケースを持ち替え手首を回しつつ深く溜息を吐いた。

クロロからしてみればその能力の条件上ナマエが死んでは意味が無いのだから、どうにかして能力を奪い、そして死なないようにするのかが重要なのである。あわよくば本も手に入れたいが、今はそれより目の前の魅力的な力が色付いて見えていた。


「長々話しても意味は無い、単刀直入に言う。お前の能力を寄越せ」


ナマエが眉根を寄せた。睨みあげられたクロロの相変わらず余裕な表情によってそれはより深くなる。しかし同じように顔を顰めたのはフィンクスも同じで、腕を組みながら彼女のオーラに先ほどより苛つきが出ているのを見ていた。いきなり初めて会った人間に一方的に言われれば普通むっとするのは当たり前の事であるから、その場にいるナマエ以外はそれを気にしなかった。


「あなたに従うつもりはありません。私が手放しえるのはこのアタッシュケースだけ。それに譲渡ではなく取引きです」

「…威勢のいい女だ」


口元を歪ませた黒装束の男は一度フィンクスを見てから静かに言葉を続けた。


「じゃあ能力と本を寄越せ。此方はお前の命の保証と、今後一切フィンクスにお前の話はしないことを約束しよう。これでお前が望んだ通り"取引き"になるな」

「一つ不可解な物が混じっていますね」

「不可解とは?」

「条件の中に彼が含まれている」

「まだ隠し通すつもりか。…何の為に?」


力を抜くようにポケット手を入れたクロロは小さく鼻で笑いもう一度フィンクスを見た。


「俺が運び屋を連れて来いと言ったのが一時間前。移動時間を考えて片道三十分以下の場所に運び屋はいた。…まあ、能力で行き来出来るなら別だが今はそれは不可だとしよう。
既に仕事が終わっている可能性がある以上、それがこの近くにいるかどうかは確かではない。勿論片道三十分以下で行けるかどうかもだ。だがフィンクス、お前は俺が指示した時その事については反論しなかった。それはそいつがここから遠くないところにいるのを知っていたからではないか?
もしそれらが偶然の積み重ねだとして、お前は運び屋に何と言うだろう。蜘蛛の団長が呼んでいる?俺と来てくれ?しかもケースを持ってだ。知り合い程度なら疑って拒否するか恐れてケースだけを差し出すだろう
だからフィンクス、お前はその運び屋と知り合いよりもっと親しい仲の筈だ」


目を見たまま述べられたフィンクスは心拍数が寸毫揺れる事を隠すように腕組みを解きながら、視線だけで振り返るナマエを見遣った。
二人とも即座に彼が否定出来なかった事から既に反論は不可能であった。

ふい、と視線を目の前のクロロに戻したナマエを見てフィンクスは顔を顰め半ばやけくそに怒鳴った。


「だから言っただろうが逃げろって!俺の意見真っ向から跳ね返してここに来て最悪の状態になってるじゃねえか!」

「あのね、フィンクスが思ってるより私は蜘蛛となんて関わりたくないと思ってるよ」

「ああん?なら尚更だろうが!」

「普通に考えたら逃げられないだろうって言ってるの。逃げてもあなたが私のことぽろっと言っちゃうのなんて時間の問題でしょ」

「好き勝手言いやがる!そん時は俺も姿眩ませりゃいいんだよ」

「ばか」

「馬鹿はてめぇだろ」

「私には、フィンクス以外失うものは何も無い」


ナマエのはっきりとした言葉と共にぴたりと二人の口喧嘩は収まった。
フィンクスは出会うより前のナマエの事なんて知らないし聞こうともしなかった。彼自身幼い頃の記憶など昔話のように語ることは無い。
きっとナマエは家族が欲しかった。そしてフィンクスには決して家族にも、またそれに近いものにもなり得ないが、確かに頼ることの出来る仲間がいる。
大を捨てるか小を捨てるか。彼女はそれだけを考えている。

フィンクスが口ごもっていると、鳥の声もしない古びた空気に笑い声が響いた。
その場の彼以外全員が思わずゆっくりそちらに視線を向ける。


「お前が強情だから団長がおかしくなったぞ…」

「…フィンクスの声が大きいから」


上を向き手で目を覆いながら笑っていたクロロはようやくそれを止めるように声交じりの溜息を吐いた。ナマエとフィンクスを始め今まで黙っていた三人の団員も訝しげな表情のまま腕を組む彼を見ていた。


「どうやらここでその女に何かしたら俺が叱られるようだ」


クロロは笑いの抜けない表情でソファに音を立てて笑った。言い争いからずっと握り拳を作っていたフィンクスとケースを壊れるのではないかというほど握っていたナマエは、そこで初めて人前で口喧嘩した事に決まりが悪そうにそっぽを向き合った。何よりクロロがナマエの事を運び屋とではなく女と強調するように言ったのが二人の脳裏に刻み付いたのである。


「フィンクス、俺は団員としてお前をそこそこ評価している」

「そこそこが余計だろ」

「その女に危害を加えればお前は俺もしくは蜘蛛に対して何らかの行動を取るだろう」


フィンクスは眉根を寄せ彼の言い回しを何度か頭に浮かばせたが、最良の解釈が出来ずその続きを待つことにした。
つまり蜘蛛の頭はナマエの能力と一本の足、そしてそれが起こす揉め事を天秤に掛け、どれくらいの差が有ったかは分からないが後者がより下に沈んだらしい。しかし同時にそれは今沈んだ片方が浮くような事があれば、今回彼らが望まなかった方向に事が運ぶということも意味していた。


「腕の良い運び屋を見つけたということにしよう」


今度は表情だけで笑ったクロロはまたポケットに手を突っ込み静かにアジトから立ち去っていった。
ナマエにフィンクスからしても珍しいぽかんとした表情を作り、この小さくも大きな騒動は幕を閉じたのである。



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