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歩く度アタッシュケースはナマエの足にこつこつと当たっている。中身は本らしいが、もしそれを聞いていなかったら札束か薬品なんかが入っていそうなそれは、路地裏の日陰の中で鈍い光を放っていた。
彼女の足取りは何時もと変わらない。
「逃げられた」
ぽつりと呟くと前を歩いていたナマエが一度顔だけこちらを振り返る。歩みを止めないのに少し腹が立ったが、その表情が次の言葉を促しているようだったのでひっそりと眉を顰めた。
「逃げ足の速い運び屋に逃げられた」
「…演技?」
「演技じゃなくて、逃げろよ」
ナマエは変わらず無表情のまま、けど俺の知っている、一度言ったら最後までやるという目付きだった。
頑固なのはこいつの性格だ。俺が言っても何も変わらない。けど今回は何時もの仕事のような単純な話では無く、旅団が絡んでいるのだ。その一員の俺がこんなだから嘗めているならそれはこっちの責任だ。だが本当にそうなら何故、こんなに覚悟を決めたような目をしているんだ。
ケースを左手に持ち替え、深呼吸か溜息か分からないような息を吐いてからナマエは漸く足を止めた。
「その人が欲しいのは、これなの?」
違うんじゃない、と掲げられたケースとナマエを交互に見て、団長の真黒の目が脳裏に浮かぶ。何年経っても変わらない、黒以外映らない目だ。それと同時に奥歯を噛み締めた。
こいつはいつ気付いたんだ。団長の目的は最早アタッシュケースから逸れて運び屋の女に向いている。腹が立った。分かっていてナマエは交渉という肩書きで奴の所に行こうとしている。
そもそも原因は俺だ。俺がナマエと団長を繋ぐ決定打になった。なら俺の所為にして、もう知らんとでも言って何処へでも逃げればいいのではないか。結果として俺がどう責められようと責任を負わされようとこいつには関係ないはずだ。
「別に俺がどうなろうといいんだよ。お前はそれが仕事だろうが」
「私は仕事だけど、フィンクスは生活の一部でしょ」
「俺にとってはお前も生活なんだよ。いい加減分かれよ」
「…仕事と私どっち、なんてよく言うけど、私はあなたにどっちもとって欲しく無い」
ナマエの目を見て公園でのやりとりを思い出した。着いていく、と確かにこいつは言っていた。切れた街頭のせいで表情ははっきり見えなかったが、あの時もお前はそんな顔をしていたのか。行く先が地獄かもしれないと言うのにナマエは歩き始める。
路地を抜け太陽が見えてくる。俺の方から前えと振り返った銀の髪が、それを映してぼんやり光っていた。
「フィンクスがフィンクスらしくいてくれればそれでいい。私はそれに何度も救われているもの」
彼女の足取りは何時もと変わらない。
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