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「…おいおい、手荒な真似は無しにしようぜ」


両腕を掴まれ刀を向けられた状態でフィンクスは一筋冷や汗を流した。背中に逆十字を背負った男、クロロは、端正な顔に薄っすら笑いを滲ませゆっくりと立ち上がる。その表情に偽りや裏切りへの失望は無く、かえって蜜の滴る木でも見つけた少年のように感じられた。それは紛れも無くフィンクスが何より恐れる、彼の好奇心であった。


「運び屋の女とはいつから知り合いだ?」


あえて性別を強調するクロロにフィンクスは舌打ちでもしたい気分だった。しかし、逆に好機かもしれないとも感じていた。ナマエが来なくてもケースさえ渡してしまえばこの話は終わる。まだ遅くない。ナマエ自身やその能力に興味を持たれなければこれ以降目を付けられる事は無い筈。


「俺があのケースを持ってくりゃいいんだろ?離せよ」

「ケースで持ち運びしているのを知っているとなるとここ数日で会っているということか」

「…こいつ裏切り者ね。団長、どうするか」


そうだ忘れていた。フェイタンに関しては接触するだけでアウトだ。フィンクスがそう気付き僅かに身体に力が入るとその分拘束が強くなった。
相変わらず薄っすら笑ったままのクロロは暫くの間、目を合わせようとしないフィンクスをただじっと見てからコートのポケットに手を突っ込んで話し出す。


「フィンクス、お前は蜘蛛の強化系の中では考えるほうだがやはり甘い」


そりゃどういう意味だ、とノブナガがクロロを振り返るが彼はそれを軽く去なした。ゆっくり視線をあげて黒曜のような瞳を真っ直ぐに、睨み付けるかのように見詰めたフィンクスは唾を飲み込んでから口を開いた。


「どういう意味だ」

「…俺は本は何処かではなく、運び屋は何処かと聞いた。もう本は運んだ可能性も有るのに何故後者のように聞いたか分からないか?」


クロロの理解の可否を探る様なゆっくりとした口調にフィンクスの緊張と苛立ちは着実に上がりつつあった。数時間前まで気になっていたケースの中身も今ではどうでもいい。今の彼にとってはただ湧き上がる悪感だけが鬱陶しい。


「そうだな、一時間以内で良い」


フィンクスには背中を向けたクロロの逆十字がやけに大きく、はっきり見えていた。目の前の刀は不思議と眼中に入らず二本の交わったシンプルな記号だけが視界に広がる様な錯覚が起こる。
欺こうとしたのが間違いだったのだ。なぜならこの男は手足が取れても動く化物。幻影旅団団長、クロロ=ルシルフル。手足が意思を持つ事は無意味。


「そいつを連れて来い」


離された腕はそのまま壁を穿ちだらりと垂れた。


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