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ナマエがごとりと机の上にアタッシュケースを置いた。
あーこれ焼き払っちまえば丸く収まんじゃねえかなーなんてヤケクソな考えでそれを見ていると、ナマエは一度横目で此方を見てからもう一度視線を戻した。
っていうかそれ、まだ運ばなくていいのか?いや何かこう言うと蜘蛛に楯突くみてえになっちまうが…。


「旅団のリーダーって人は、これが欲しいんだっけ」

「…だろうな」


一夜明けて、ナマエの表情はいつも通りに戻っていた。なら今の言葉も投げやりでなく考えあってのものだろうし、俺の返答も変な方向に捉えたりしないだろう。何よりじっと一点を見詰めて話していることがそれを物語っていた。
ケースの中身がどんな貴重なものかは知らねえが、団長がシャルに調べさせてまで探すなんてよっぽどの物なんだろう。あの人の好きなもんっつったら古書とか曰く付きの宝石とか絵とかか?


「… なら素直に渡すのが一番穏便よね」


ナマエは、条件を付ける事になるけど、と小さく溜息をついた。
冷静になったと思えばとんでも無え事言い出しやがった。渡す、だと?ナマエが素直にケースを渡しても、旅団の奴らがはいそうですかと受け取る訳が無い。例えばケースを投げ捨てて直ぐに能力を使って逃げれるなら話は別だが、一瞬でも姿を表すのはリスクを高めることになる。それくらいナマエも分かっているはずなんだが…。


「リスクはフィンクスと私が関わりを持っていることを気付かれてしまうかもしれないことかな」

「何らかの攻撃を受けるかもしれないってのもリスクだろうが」

「だから最初は何も持たないで会う。そんなにこれが欲しいなら現持ち主である私を殺すのは相手方にとってのリスクになる筈」

「だから、渡した後に何か有るかもしれねぇだろって言ってんだ」

「二回目に直接会うなんて馬鹿な真似しないわよ。駅のロッカーなり何なりを使って関節的に受け渡しするの」


こいつの言っている事を聞くと最低一回は蜘蛛に接触する事になる。電話なりネットなり使えばそんな必要は無い筈なのに、何故わざわざ危険な方を選ぶのか。
俺の考えは全て言葉に出ていたらしい。ついでに不機嫌さも。ふう、と息を吐いたナマエは何か考えるように視線を横に向けもう一度話し出した。


「電気機器を通した接触ではいくらでも偽装できる。私はフィンクス以外の旅団がどんな性格の人かは知らないけど、賞金首なら普通本人か分からない人と交渉なんてしない筈」


ああ…まあ、何と無くは分かった気がする。 ナマエが最初に言った穏便さを重視するならそれが一番良いのかもしれない。初めから最後まで警戒されるなら最初にそれを解しておいた方が良いだろうってことだ。理にはかなっている。だが納得出来ねえ。目的は団長なり何なりにアタッシュケースを渡すこと。何故ナマエは面倒で回りくどいやり方を選ぼうとしているのだろうか。


「あのね、私はこれを運ぶのが仕事なの。あげちゃいましたなんて言ったらどうなるか分かるでしょ」

「そんなの依頼主ぶっ殺せばい…」


口に出して漸くナマエの考えていることが分かった。こいつがしようとしているのは唯の譲渡じゃない。取引だ。恐らく依頼主及び関係者を抹殺することを条件にするんだろう。貴重なものならそれが消えて困る人間も多いはず。依頼主を殺す事で今回の仕事を強制的に取り消し、関係者も同様にする。ケースの行方をくらます為にはこれしか無い。

未だ無表情のナマエの自分の考えを遠回しに言う習性が俺の頭を中々混乱させてくれた。



だが思うに、最初に俺からナマエのことを言ってしまった方が良い気がする。果たしてそれが団長に効くのかは分からないがな。少なくとも瞬殺は免れるだろう。

そう言うとナマエはゆっくり二、三回首を横に振った。

昨日連れ戻しに行った時も思ったが、やけに俺が蜘蛛から煙たがられないようにというのか、そんな風にしている様に感じる。正直旅団とナマエ、何方を取るのかと言われると何も答えられない。いや考えたくないといったところか。どちらか一つを失ってもきっと後悔する。両方だったらもっとだ。
目の前でただケースを見詰めている彼女がそれを全て分かっていたのか。それともただの勘なのか。

何が最良なのか分からず、結局いつものようにナマエに全て任せることになるだろう。ただ、他人には分からないであろう、ナマエのいつもより暗い表情が俺の胸のどかにつっかえているようだった。


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