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娯楽の代償
ナマエが手元のコップをくるくると回しながら凝視しているのをフィンクスは見つけてしまった。
とあるホームセンターにて、先日酔っ払ってフィンクスが破壊した電気ストーブの代わりを探していたのだが、飽きたのかナマエはいつの間にか何処かに行ってしまっていた。見てもよく分からないと眉根を寄せていたからどれを選ぶかはフィンクスに全て任せたようだ。彼も普段それ程家具などには拘らない方なのだが、流石に今回は負い目を感じ真面目にストーブを選んでいたのであった。
その電気ストーブの段ボールを片手にフィンクスは彼女に声を掛けようかどうかをじっと考えていた。と言うより掛けづらかった。食器コーナーには今余り人はいないが、いや寧ろその性でナマエがじっくりコップを見ているのが何と言うか、浮いていた。
暫くの間佇んでいたフィンクスだが、声で他の客が近くに来たのに気付きナマエの元に歩み寄った。
「もしかしてよ、…それ何か細工でもあんのか?」
フィンクスの言葉にナマエはゆっくり顔を上げ、ちらっと彼の手の段ボールに目を遣った後、もう一度コップに視線を戻した。
「これプラスチック製なの」
「…ああ、そうか」
ノックするようにナマエが叩くとこんこんと鈍い音が響く。ある程度丈夫で安価なのが売りなのだろう。それほどインテリアを気にしない二人にとってはこれの様に余り洒落ているでも味が有るでも無いデザインの物でも十分なのだが、フィンクスが気にしているのは普段から衝動買い等をしないナマエが何故家に既にあるコップを気に掛けるのかという事だった。
「あのねフィンクス」
僅かに首を傾げていたフィンクスに何処か飽きれとも憐れみとも言えない細くした目で語り掛けたナマエは、そこまで言って一度手元を見てから続けた。
「フィンクスは覚えてないかもしれないけど、今家にコップ一つしか無いんだよ」
「ん?二つあったろ」
「あなたが割っちゃったんでしょうが」
その言葉と共にナマエの持っていたコップは彼女の手によって疑問だけを浮かべたフィンクスの頬に押し付けられた。一方覚えのない事実に若干の冷や汗を流しながら、口を尖らせているナマエから目を反らすフィンクスは…蛇に睨まれた蛙とでも言うのだろうか。ぐいぐいとコップを押し付けられても動けないでいた。
「…すまん全く記憶に無い」
「ストーブ壊したのもあんまり覚えてなかったもんね」
「いやそれは…まあ、そうか」
はあ、という小さい溜息と共に彼の頬からプラスチックは離れた。薄っすら痕が残ったフィンクスは恐らく予備なのであろうもう一つのコップを選んでいるナマエをただただ見詰めているしかなかった。
ナマエは選んだ橙色と水色のコップを両手に周りを見てから「他に何か壊す予定は?」と珍しくにやりと笑い、目を瞑ったフィンクスは少しの間の禁酒を表明したのであった。
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