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冬の気持ち
ナマエは歩く時人の顔を見ない。首から胸元くらいをぼうっと見て、いやもしかすると見ていないのかもしれない。初対面の、初めて会った時は今より何倍も無表情で、オーラも重くて、きっとこいつは何も信じねえんだろうなと思った。
「、待って」
「あ…ワリ」
人混みを歩く中でそんなことを思い出していたら少しナマエを離してしまった。必死な様子で俺の腕を掴もうと手を伸ばしてきたのが愛おしくて引き寄せる。何とか追い付いたナマエは周りを見渡しながらふう、と溜息をついた。
握ったままの手を何回か握り直しながらどこかを見渡すように顎を上げるナマエはやはり初めて会った時とは違う。人混みをゴミみたいに見るのもまあ和らいだし、何より笑顔を見せるようになったし口数も少しは増えた。
自分も変わったもんだと熟感じる。仕事には差し支え無いのかと言われると不思議だ。無い。それもナマエが俺の事も、俺の仕事の事も理解して付き合ってくれてるからなんだろうな。
「ご飯買って早く帰ろ」
ぐい、と今度は俺が手を引かれた。まさかナマエが人混みを先に行くなんて思っていなかったからつい前のめりになる。余程遅かったらしい。
ふと一歩だけ前を歩くナマエが何故か一人でもっと先に行ってしまいそうな錯覚に襲われて、足を止めてしまった。いや止めてから気付いた。驚いたナマエが振り返りゆっくりこちらに身体を向き直す。通っていく人々が避けていくのは気にならなかった。視界には少し口を開けて俺を見上げるナマエのみ。
「タバコ切れた?」
「有る」
「どこか寄ってく?」
「いや」
こういう時には何を言えばいいんだろうか…。普段あまり言葉に出さないで行動で示す分、こうなるとお互いに硬直状態になることが多い。
「…私はフィンクスが前歩いてくれないと上手く歩けないんだけど」
ナマエが眉尻を下げて困った様に笑った。まったく俺は何感傷的になってんだ?冬だからか?言葉が無くてもこいつはなんとなく汲み取ってくれる。だから惹かれたのかもしれない。そんなこととうに分かっていた筈なのに。
ずり下がってきたナマエのマフラーを軽く直してから、その手を引いて自宅へ歩きだした。
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