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雨泣き



ざあざあと音が響く。本当についてない。雨なんか大嫌いなのに。もしかしたら今日の朝彼のコーヒーを薄くしてしまった罰が当たったのかもしれない。…もちろん故意ではないけど。
私の周りの人も皆うんざりしたような表情で携帯電話を弄ったり電話したりしていた。時々サラリーマンが鞄を傘に走っていったり、観念したのかカッコつけなのか何食わぬ顔をして歩いていく人もいる。

なんとなくだけど、電話でフィンクスを呼ぶ気にもなれなかった。私が多少我が儘を言っても彼は怒らないし別に気にならないと言ってくれたけど、あんまり手間のかかる女になりたくないという思いが強くなりつつある。フィンクスはこんなに長い間付き合っておいて何を言う、といつも言う。言って頭をぐしゃっと撫でる。だからこそなんだよ、とも言えずに彼の優しさに甘えてしまう自分がいて。

濡れて帰ろうかな。多分フィンクスは怒るけど、なんだか今は泣いてしまいそうだから。雨に濡れて泣くなんてベタなフィクションみたいなこと本当にあるんだね。


「おいナマエちょっと待てお前」


ちょうど屋根の下から一歩踏み出た時だ。視線を下げていたせいで気付かなかった。念能力者なのにフィンクスが近付いてくることにも気付かないなんて。おら、と彼がさしてきたであろう傘を押し付けるように渡され、自分はもう一本を開いていた。
数秒間時が止まる。フィンクスは唖然とする私を見兼ねたのか腕を引き歩きだした。手が濡れるから、私が着いて来ているのを確認して腕は離された。


「ナマエ」

「…うん」

「なんで半歩後ろ歩くんだよ」


あれ、自分でも今気付いた。いつも二人で歩く時は横に並ぶのに、確かに私はフィンクスより後ろに着いている。
駄目だ。やっぱり雨は嫌いだ。音が遮るから、視界がけぶるから、どんな顔してるか分からないだろうなんて考えてしまう。傘があるからそんなの全く意味は無いのに。
もう何が何だか訳が分から無くて、泣いてしまった。フィンクスが困ってる。また迷惑をかけてる。そんなの分かってる。でもどうすればいいのか分からなくて。


「お、おい!何で泣いてんだよ」

「どうして、迎えに来てくれたの?」

「あ?どうしてってお前、雨降ってるからだろ」

「や、…そうじゃなくて」


湿ったジャージの袖でごしごしと涙を拭かれる。がさがさしててちょっと痛い。何て説明すればいいんだろう。適当な言葉が何も浮かんでこなかった。途切れた会話に私が話すの待ってるのかな、なんて思ってフィンクスを見上げる。少し目線が合った後頭をがしがし掻いて「あー」とか「んー」とか唸っていた。


「ごめんね」

「あ?」

「迷惑でしょ」

「ちげえ」

「?」

「お前がびしょ濡れで帰ってくるのは心臓に悪い」


最後に「だからだ」と言った時には目線を反らされていて、手を握られて引っ張られていた。早足になった彼の横にどうにか追い付いて顔を見上げる。赤くなってるのが見えたがすぐにまた反らされた。


「フィンクス」

「あー」

「ごめんね」

「ああ」

「ありがとう」

「おう」


私もフィンクスも不器用だ。それときっと鈍感だ。きっと彼も気付いてる。だからきっと一緒に居れるんだと思う。
帰ったらもう一度コーヒーを入れてあげなくちゃ。


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