進化する人間としない人間には違いがある。覚悟、意欲、悟性、そして何より力。後に挙げたものの方がより獲得するのが困難かもしれない。進歩する為に必要な物を手に入れる為にはまた違う何かが必須になるだろう。だから進化する人間は少ない。と言うより、鈍化した生活の中で本当にそれを要するのかという些細な疑問を持ってしまった所為で思考を捨て、ただ目の前に有るものだけを越えて行こうとする奴ばかりになった。
人集りの中に入ると何時もそんな事を思う。前日に盗みに入った場所なんかは特にそうだ。俺はそれ程狙っていた訳では無いが、手違いで取り逃してしまった宝石が唯一の救いであると称揚されているのか、もしくは見向きもされていないのかが気になって此処にいる。だがこの一般人達は一体どんな目的を持って集っているのだろうか。
…まあ要するに暇な奴らだと言いたいだけなのだが。職員も混じっているのだろうが他の奴らはやるべき事をやらなくていいのか。それとも無いのか。


暇人もいる所にはいるんだな。小さく溜息を吐いて辺りを見回す。
どくりと心臓が震えるのを感じた。有象無象の中から抜け出た一人の後姿に咄嗟に口が開くが、声など届かないであろう距離を詰めるのが先決だと足を動かした。捜し人かもしれない。だがそうじゃないかもしれない。心の何処かで後者であった時を恐れたのか走らず、早足で追う。硬直し出遅れた所為か後姿は少し遠くなってしまった。

大通りを逸れ民家に繋がる小道へ曲がった所で指呼の間に彼女を捉え立ち止まった。手を伸ばしても何時も届かない。縛る事もできない。声を聞く事も、探すことも。


「ナマエ」


彼女の歩む足は止まらない。心臓が跳ねた。聞こえなかったのか、聞こうとしなかったのか、違いが無さそうで全くそうでは無い二つが頭を締める。遠ざかって行く背中が瞬刻揺らいで見えたのを振り払い、気付いたら駆けていた。


「ナマエ」


人違いなどでは無い。掴んだ肩が、揺れた髪が、真っ直ぐな瞳がそう物語っている。やっと見つけた。


「ナマエ、捜していた」


喜怒哀楽も何も感じられない表情の彼女はただじっと俺を見ていた。自分と同じ漆黒の瞳。最後に会った時よりも数段美しい。微笑んだならどんな男でも心を惹かれるものだと、俺が思うんだ。誰でもそうだろう。


「…クロロか」
「何をしていたんだ」
「何って、通りかかっただけ」
「違う。今までだ」
「特に何も。強いて言うなら旅かな」


話を絶とうとしている訳でも無く繋げようとする訳でも無い。ただ俺が出す質問に答えただけ。まるで何も興味を持たれていないようで恐ろしい。無関心は好き嫌い以前の問題だからだ。
俺がこんなに再会を望んでいたのだから、きっと彼女もそうなのだと思っていた。幼馴染とも言える旧友との再会ともなれば、些か冷淡な性格のナマエの心も寸毫は動くだろうと。
だが違った。目の前で自分が口を開くのを待っている彼女はまるで通行人の声掛けに対応するかのようだ。どうにかして引き止めたい。それしか頭には無かった。欲しいものは力尽くという自分の考えは恐らくナマエには通じない。彼女が進行方向に僅かに視線を逸らしたのを見て、反射的に口が開いた。


「どうだ、昼食でも」


待ってくれとでも言いそうな声色だったかもしれない。ゆっくり振り向いたナマエは暫く黙って此方を見てから薄っすらと笑った。




BACK