ごろりごろり
 通称、人をだめにするクッション。
 コの字型のそれにゆったりもたれる喜助の口も弧を描いていて、どことなく普段よりも愉しそう。縁側の真向かいにある風通しのいいところで今日の空みたいなTシャツを着て。梅雨なんてどこかへ置いていったような、一足早い夏を先取りして。
 この人がだめになっているかどうかは果たしてどうだろう。だらしなく垂らしたスウェットの紐が自堕落さを物語っていると思えばそう見えるし、穏やかに微睡む空気がいつもの彼だとも思う。投げ出された脚を何度か組み替えては、スマホに向かって目を細めている。長いこと寛いでいるようだ。

「なにを見て笑ってるんですか」
「ネコの動画っスね」
「私にも見せてください」

 近づいて横から覗くと動物の癒し動画なんてなくて。
 違うじゃん。なまえが一言返す前に、切り替わったページ。そこには夏の想い出作りに相応しい風物詩がいくつも並んでいた。嬉しそうに、どうっスか、なんて訊いてくるから。だめな人じゃなくてずるい人だとも言えないまま。
 ──私ごと夏を攫っていく。

「ここ、あなたと行きたいなって。ほら、あとここも」

 ちょっと調べてました、と画面をなぞる節くれ立った指が幸せの行き先を探す。
 あなたと一緒なら海でも山でもどこへだって行きたいし、どこにも行かなくたって蒸し暑い和室で扇風機の微風を浴びるだけでもいいのに。それでも自分本位ではなく共に過ごすことを考えてくれる喜助が一段と優しく映ってしまって、こちらの方がすっかり心をふやかされてしまってもうだめだ。骨抜きにされる。ああこの人は自分をとことん駄目にする男だと自戒しながら、その隣で同じように眦を垂らした。
 結局どれがいいとも選べずに返しあぐねていると、彼はスマホの手を止める。

「わかりました。じゃあ、ぜーんぶ行きましょう」

 喜助が噴き出して笑った。
 優柔不断で欲張りな女だと思われたに違いない。それに言い訳も否定もしない。

 なまえはただ、はい、とだけ答えて深く首肯いた。
 安寧を感じていてくれたらそれでいい。だってあなたの安らいだ破顔一笑が最も欲しくて堪らないものだから。


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