読書はひとりでするもの
「いつにも増して本の虫ですねぇ、なまえサン」
視界の片隅に入った喜助が目前で屈む。
いつからいたのだろう、とその声に気付いたなまえは顔を上げた。
「あっこれ新刊で、すみません。集中しちゃって」
「アタシも本はよく読みますから、お気持ちわかりますよ」
そう言いつつも声をかけたということは、呆れて痺れを切らしたのかもしれない。妙な焦燥感に駆られたなまえは、急いで栞を挟もうとした。が、その手は大きな掌に掴まれてしまい。じわじわと熱が宿る。
「いいんですよ、読んでいて。どうぞ、そのまま」
「えっですけど、浦原さん何か用があったんじゃ」
「はい、用はありますよ」
ではすぐに終えますから──と、なまえが言い終えるより先に、目をじっと見据えられて。口籠もってしまった。
「アタシもここに居てもいいっスかね」
「ただ黙々と読んでるだけですが」
「ただその姿を眺めていたいんスよ」
「な、んですか、それ」
喜助お得意の言葉遊びにまごついて、ぶつ切りになる声。
「ずいぶんと楽しそうに読んでるんですもん」
クツクツと喉を鳴らす喜助は嬉しそうにする。それが本意なのか揶揄い文句か、もう見当がつかなくて。
「ですが、やっぱりお邪魔みたいっスね」
彼は私が断れない性格だと分かって言っている。ああなんて狡猾な男なのだろう。
「……構いませんから、その手を離してくださいよ」
ようやく手を解いてもらい、読書を再開した。
──もう素知らぬ顔して読むなんて、できないや。
握りしめた本を放棄するのは、あと数秒先の出来事。
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