凡その予想はつく。
 彼の持つ話は、かつて電話を受けた時のそれのはず。如何せん、その手の話はすでに及び腰だと思われているのだろう。それも承知の上で病室の前から離れていった。万が一内容をゆかに聞かれても困る。長椅子が置いてある広い待合所へと向かった。時刻が夜に近いこともあって、人気は少ない。そろそろ面会時間も終わりに近づく頃だが、相手が隊長という立場からか退所を促す声は特にかけられなかった。

 そのまま窓がある壁側の隅へ。並んで腰掛けると、平子が「ハァ」と溜息を吐く。

「……お前なァ、もうゆかちゃん目ぇ覚めてんのやぞ。そない辛気臭い顔すんなや」

 喜助は「そんな顔してないっスよ」とまるで心外だと言わんばかりに答えたが、平子の表情は硬い。むっと口を曲げ、変えない仏頂面を受けた喜助は早々に降参をした。

「わかりましたよ、で? 聞きたいことは?」

 軽くあしらわれたような態度を感じたのか平子は「えらい冷たいのう」とこめかみを疼かせる。
 少し間を置いてから、平子が天井を仰いで言った。

「お前見てるとイライラすんねやけど」

 突然吐かれた嫌味に笑みはなく。随分と私情の強いそれに、急になんだ、と喜助は左隣を見やる。

「なんなんスかいきなり。八つ当たりは止してくださいよ」

 これまた心外だとぎょっとして言えば、彼はこちらの返答を一蹴した。

「ちゃうわ。お前がいつまでもそんなんやから、ゆかちゃんああなんやろうがわかれへんのか」

 珍しく平子が怒気を強めている。否、感情的になる性分に関しては珍しくはないのかもしれない。だがこの声色は普段の職務で発するそれとは別の情を滲ませているようだった。この違いは喜助もすぐに解った。彼をそうさせている原因が己にあることもよく理解している。だとしても彼女のことに関しては、平子の考えがなんだろうと、明確な答えなど探し出せない。不確定なのだ、全てが。

「なに言ってるんスか、ゆかサンがなにをどうしようが誰も知ったこっちゃない」
「お前それ本気で言うてんのか」

 本気で言ってるかどうかなんて勝手に察してくれと、平子の問いに黙りを決め込み顔を逸らす。

「誰も知ったこっちゃないやと? ええか、俺はわかってんで。あの娘が誰を選ぶかなんてなあ」

 まるで平子はこちらよりも優位に立っているような言い草で、その表情は自信満々だった。
 喜助は自身の答えを吐き出さず。そればかりか、平子へ眼光を鋭く尖らせながら一瞥した。それ以上は立ち入るな、と警告するように。

「おーおー急に霊圧揺らしよって。今日はえらいわかりやすいやっちゃのう。……まあ、理吉クンにも取られたないんやったら、お前の話くらいは聞いたってもええけどな」

 どうやら先ほど理吉へ抱いた感情を、平子は薄々察しているらしい。
 周りにどう思われていようが、正直構わない。最終的に明確なことが彼女へ伝わらなければ良いだけだ。でなければそもそも四番隊に直談判などする必要もなかったのだから。
 今度は喜助が「はぁ」と重い溜息を落として渋々認める。

「……なんだか取引みたいでそういったことはあまり乗り気ではないんですが」

 そう漏らせば、平子は待ってましたと言いたげな顔つきで、にやりと口角を上げた。

「ま、取引みたいなもんやな。お前がいつまでもゆかちゃんに煮え切らん態度取るんやったら、その時は俺が奪ったるで」

 話を聞くと言いながらしれっと放たれた想定外の略奪宣言に耳を疑う。しかも話の流れから譲るべき張本人が目の前にいるというのに、だ。この流れには流石の喜助も解せなかった。

「……ハイ?」

 平子は大きく口を開いて、舌に光るピアスをちらつかせる。

「聞こえへんかったか? お前が動かへんなら俺が代わりに貰う言うたんや」

 畳み掛けるように「あの娘が何しようが知ったこっちゃない言うてたもんな、別にええやろ?」と。あっけらかんと同意を求める平子に、少しの間、喜助は言葉を失った。

 ──なにを言ってるんスかこのヒトは。これは取引でもなんでも、

 じっと左へ視線を向けたまま、反射的に目が見開かれていく。

「気づいたか? せやで、これは取引やないなァ、宣戦布告や」

 ──ハッとした。この心臓の跳ねはなんだ。
 これまで彼女とはそれなりの信頼関係を築いてきたのだろうし、きっとこの先もそうだろうと。

 いつの間にか居心地の良いぬるま湯に安心しきっていたのか。それに、理吉という死神以外に彼女へ関心を抱く者はいないだろうと疑わずにいた。現技術開発局長の事例は除いて。それがこんな身近に。旧くから知る平子が警戒すべき相手と成り得るとは。これが気づかない内に培われた自惚れなのか。にしても彼のこの自信はどこから湧いてくるのか、ただただ不思議でならなかった。

 ──たとえ、平子サンにその気があったとしても。

 深く息を吸って、ゆっくりと吐き出した。この煽りに惑わされてはならないと己を律する。
 そしてこの腹底に蔓延る感情を切り捨てながら、喜助は目を伏せる。

「……その宣戦布告、受けて立つ気にもなりませんね。くだらない」

 様々な想いを断ち切るように言葉を投げやって、平子の挑発を遮った。
 それを見兼ねたのか、ああもう難儀なやっちゃな、と彼は首裏を掻き始めた。

「わかったわ、今のはナシや。半分本気やったけど雲行き怪しなったからナシや、作戦変更ー」
「……今の本気だったんスか、驚きました」
「お前、それで驚いてんのか。馬鹿にしてんのとちゃう」

 内心ほっと落ち着いた喜助は「もう今日はどうしたんスか、本当に」とこの会話へ白旗を上げる。

「それはお前が素直にならへんからやなァ、俺が出たこと言うて牽制しようとしたんや。……お前がなんであんな頑なに彼女を自分のモノにせぇへんのかって。なんか訳があんねやろ?」

 全てを諦め田平子は単刀直入に訊ねた。
 けれどこれはこちらが彼女に惚れているという前提そのものだった。

「あーそもそもっスけど。ボクが彼女を独占したいような話で進めてますが、そこが違うんスよ」

 黙って聞いている平子を尻目に、喜助は俯きながら言葉を紡ぐ。

「僕は彼女の邪魔になってはならないんです」

 言うてる意味がようわからん、と平子は顔を顰めた。

「邪魔、てどういう意味やそれ。お前も人間と死神がって堅苦しいこと言うんやないやろな」
「ははは。それ、ゆかサンも言ってたっスね。聞きましたよ、アナタと深ーい話をされたこと。ボクのこれはそれじゃあないっス」

 平子は「ならなんやねん」と腑に落ちない様子で問う。

「……では率直に申し上げましょう。彼女のことに関しては、技術開発局との間で共有している件がありまして」

 そこまで零したが、その先の発言を躊躇した。否、言いたくなどなかった、未だに認めたくない自我が大きかった。彼女は違うのだと。あの事象とは無関係だと、いつになく躍起になり。自身の仮説をひっくり返すような観測を得ようとして、逆に真実味を強める結果になってしまったからだ。

「まだボクの推測に基づいた仮説段階ですが、」

 それを告げようとした時。近くの廊下を隊士が複数名通りかかった。彼らが視線をちらりとこちらへ向ける。喜助は右手で口を隠しながら平子の耳元近くへ寄る。更に声を落として、彼にだけに聞こえる声量で仮説を囁いた。

「恐らく、彼女は──」

 耳打ちを終えた後、喜助は添えた手を離す。隠し事であればいつものように扇子を広げて使えば良かったものを。今だけはどうしてか、そうしなかったことにふと気づいた。

 喜助の説にそっと耳を傾けた平子は、次第に驚愕へと変わっていく。そうして彼は瞠目したまま、互いに顔を見合わせた。一つ一つ、整然と理論を説いた。呑み込めたのか、返す言葉が見当たらないのか、平子は絶句しているようだった。少し経ってようやく彼が口を開けば、先ほどまでの威勢はどこへやら、幽かな声で憤りを露わにした。喜助は苦渋に満ちた決意を秘め、口を噤む。

「……んな、アホな……なにを、言うて……」

 今告げたもの以外に、平子へ説明する気にはならなかった。これがずっと頭の片隅にある限り、彼女に対する独占欲などあってはならないと警鐘を鳴らしている。先の多幸を願うなら、尚のこと。

「そういうことっスよ、平子サン」

 眉尻が下がる。『そういうこと』で全てを察しろと匙を投げた。

「ちょっ……ちょお待てや、せやったら、ゆかちゃんはそのこと」

 平子は、それが本当だとしたら話はもはや人間と死神という云々の問題ではないとでも叫ぶように、左手で頭を抱えていた。

「ええ、彼女は賢いっスよ。いつどうなるかわからない今を、全てを覚悟して生活しています。いえ、正確には……覚悟して生活しているようにみえます、が正しいっスかね。あくまで僕の憶測なんで」

 最後に人差し指を唇へ、「このことはくれぐれも内密に」と僅かに笑んで平子に念押しした。

「アホ言え。……話がぶっ飛び過ぎて収まりきらんわ……」

 平子は首を垂らしながら、重苦しい息を落とす。
 そして喜助の心情を労うように、肩へぽん、と手を置いた。

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