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 ──五番隊から出なくては、すぐに。

 喜助の声帯を操る何かに警戒したまま、執務室の奥の方へ後退りして。普段平子が居座る隊長机の下へと身を潜めた。恐怖を落ち着かせて今出来ることを考える。出口は一つのみ、小窓も遥か上に一つ、壁の厚さは不明。その唯一の戸はがたがたと震え続け、時折り刃物のようなもので斬りつける斬撃音が響いていた。壊されてこじ開けられるのも時間の問題だと最悪な状況を想定した。

 風と刃物、この二つが繋がった時。いつかの宿敵、自身へ起きた元凶が、記憶の底から蘇る。

 ──もしかして、こいつ。かまいたちの……?

 未だひょっとしてと疑っている段階で、確証は持てない。もし仮にあの虚なら、どうして瀞霊廷の内部に侵入することが出来たのか不思議でならなかった。相手がなんであれ、密室のこの場所から逃げる方法を懸命に探る。自分には鬼道しかないのだ、そう奮い立たせた時。

「あっ」と一つの光景を思い出した。それは、かつて雛森が牢に捕らえられていた時のこと。彼女が逃げ出したことを、日番谷は酷く驚愕していた。あれは鬼道の達人と呼ばれた彼女が本気の意志で脱獄したからだ。じゃあこういう事態にどの鬼道が適切かと判断に迷ったが、どこかしら砕ければ問題ないと考えた。

 ──すみません、平子さん、桃さん。修理費はいつかお支払いします。

 平子の椅子を背にして、掌を壁に向ける。素早く逃げるには何度も試すことはできない。この一回だけ。どうか砕けますようにと願って──。

「破道の三十一、赤火砲」

 ここで完全詠唱しては霊圧がもったいないと破棄したが、威力はどうだろうか。
 そんな心配をかき消すように放った火の玉は勢いよく土埃を上げた。

「はあ、」

 良かった、上手くいった。一先ず安心して息を吐いた。ぽっかり空いた穴に手を伸ばす。若干小さい逃げ口ではあるが、小柄な自分を通せないものではないだろう。うんしょ、と通り抜けると隊舎の裏へ出た。陰り、普段は誰もが立ち入らない場所だ。立ち入らないと言うよりか、立ち入る必要もないと言うのが正しいのかもしれない。下手したら体育館裏よりも存在意義がないほどの幅だ。

「せまっ、とりあえず道に……」

 やはり隊舎の裏道は通路ではないようで。見上げる先の高くまで別の建物と隣合わせになっていた。左を見れば開けた道が目に入り、とりあえず広い空間へ出ようと横歩きで壁を伝う。ばれないように、慎重に。光射す場所まで抜けると、遠目に草木が生い茂っている雑木林を発見した。

 ──このままあっちの林へ入った方がいいかな。

 空中戦で地盤を作ることは出来るようになった。けれど瞬歩は使えない。ここはひっそりと急ぎ足かつ忍び足で向かうしかないのかと、意を決して離れた。

 ──戦うしかないならなるべく建物がないところへ行かないとね……。

 大戦後の復興を妨げることは避けたい。隊舎から遠ざかるように鬱蒼とした雑木の中へ踏み入る。
 聳え立つ木々に身を隠しながら、いつ追って来るかもわからない襲撃へ備えた。更に奥へ奥へと移動を続け、大樹の裏へ回る。この霊圧は察知されてしまうから、隠れても意味はないかもしれない。こちらは鬼道しか応戦術はないのだから出来る限りの攻撃を。とにかく思案を巡らせた。

 策を練りながら、感覚を研ぎ澄ます。ところが追ってきているであろう敵の霊圧を全く感じなかった。きっと自分の霊圧が相手のレベルまで達していない、即ち同じ土俵に立てていない。もしくは、特殊能力型の虚。霊圧を消せる者が存在していた事実は、知識が幸いして知っている。

 ──数字の大きい鬼道は、どうだろう……いや、でもやってみるしかないか。

 いずれにしても、どんな敵であれ応戦するしかない。たとえ敵わないと解っていても。決して消極的に感じている訳ではない。己の力量くらいは弁えている。だから力の差には確信が持てた。そうだと解っていても、両手が指先まで震える。最初で恐らく最後の闘いに、怖くない怖くない、と暗示をかけ続けた。いくら負け戦と認めようとも、逃げることだけはしたくなかった。
 戦いは嫌だと弱音ばかり吐いていた自分への決別、今こそ。

 そうして屈んでいると、突然。頭に響いていた感触が、すっと消えていくのを感じた。瀞霊廷内に残っていた隊長格の霊圧が、失くなっていく。終いには、流魂街へ出て行った死神の霊圧までもが、感じられなくなり。

 ──……え。瀞霊廷、うそ、外のみんなの霊圧が……。

 まさかそんな馬鹿な、霊圧探査能力を疑った。
 いやいや何かの間違いだ、焦燥に立ち上がり、木にもたれかかった直後。
 頭上から、無数の斬撃が勢いよく降り注いだ。

 ──しまった。

 敵のよりも仲間に意識をとられて、周りどころか頭上の気配にすら気づかなかった。

 ──とても避けきれる量じゃない……! 

 咄嗟に上方へ掌を掲げて、叫ぶ。

「くっ、縛道の三十九、円閘扇!」

 天に円形の盾が放たれ、斬撃を防いだ。反応が遅かったせいで左肩と手に切り傷を負ってしまった。大丈夫、これくらいは治せばいい。すぐさま右手で傷口に回道を施す。

 ──……どこいったの。

 攻撃を受けてばかりでは体がもたない。こちらからも反撃をと構えるも、敵の所在がわからない。
 意識を近くへ向けたが霊圧すら探しだせなくて。追いつかない能力、焦りから脂汗が滲む。

「何処を見ている。……此方だヨ」

 バッと聞こえた方角へ体を向けた。

 ──この喋りは涅マユリ。

 喜助の次はマユリの声か。敵の生態を把握し始めた時、ようやく奴は目の前に現れた。木々が透けるほど景色へ擬態化もできるようで。虚自ら体の線を浮き上がらせ、濁りを見せた。

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