──う、そ……。
スミマセン、と声をかけ戦っている彼は、やはりあの人なのだろう。信じられない、信じられる訳がなかった。自然に心臓の鼓動が速くなる。同時に出血も多くなっていく。
頭では離れなきゃとわかっているのに、指先さえも動かせなかった。
「直ぐに終わります、暫しご辛抱を」
ああ、この声は知っている。真剣に戦っている時はこういう話し方なのかと、知っている口調との差に意外性を覚えた。そんな考えができる自分は案外冷静なのかもしれない。
もう数十分は経ったであろうか。
彼が小さく呼吸を整え、肩口に埋もれる自分の頭を起こしながら声をかけた。
「怖がらせちゃってすいません。大丈夫っスか?」
ゆっくりと腕から離れようと身体に力を入れようとするも、だらんと抜け全く動かない。
「おっと、このままこのまま。あんまり動かない方がいいっスよ」
このままと言われても、この格好は。少なくとも、横抱きになっているはずだ。幸いなことに今、羞じるという感情は恐怖が優って湧き上がらない。
ぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開けた瞬間、痛みで顔が歪んでいく。
「うっ、……」
彼はゆかの苦しそうな声と表情に若干戸惑っているようだった。
「痛いっスか? あ、怖いっスよね! 突然知らない人に抱えられて」
強い痛みに恐怖、憧れの人に出会えた喜びと、出会ってしまった困惑の感情が入り混じる。生理的に溢れそうになる涙を堪えて、小さく唇を噛み締めた。痛みで腕が上がらず、この表情を隠すことさえ叶わない。
「助けて、くれて。ありがとう、ございます……」
全てに戸惑いながらも、第一印象は笑顔にしたかったなあと、ぎこちなく頬を上げた。
下から見上げた彼の顔は端正で、帽子の下から出ている金色の髪の毛がふわふわと揺れている。次第に、潤んだ瞳で視界がぼやけてくる。その中でも薄っすらと見える右手の刀は、美しく輝いていた。無理に笑顔を作った所為か、頬がピリッと痛む。ゆかの辛そうな表情を見て彼は目を細めた。
「頬に傷があります、全身にも。アタシに手当させて下さい」
ゆかを抱え立ち上がった彼の右肩に、いつの間にか黒猫がすとん、と座っている。薄目を更に開いて黒猫を見やると、その瞳はどことなく切なげに見えた。猫の姿を確認することが出来て、引っ込んでくれた涙にほっとする。
そうして彼らが得意の歩法を使ったのだろうか。半目を開けたまま肩で息をしていると、数秒で古めかしい家屋の中に到着した。がっしりと腕に抱かれたまま、無意識に彼の顔を見つめる。
──わ、ほんとうに、無精髭だ……、きれいだな。
極限状態で思考が可笑しな所で止まってしまったのか。自分の心配よりも、彼の外見ばかりが印象に残る。
すると彼の薄い唇から、急に大きな声が出た。
「テッサイ、ジン太、ウルル!」
聞き覚えのある名前に、ああ助けてもらえると安心して目蓋を閉じた。
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