ついに喜助から要請のあった四番隊への接触。その目的を心待ちにする。初めて訪れる場所とあって、いつもより緊張が伴うのは仕方がない。
隊舎内にある執務室へ向かったものの、そこに人の気配はなく、夜一と共に綜合救護詰所へと足を運んだ。霊王護神大戦では多くの負傷者がこの詰所に運び込まれたと聞く。大戦からまだ日が浅いのであろう爪痕が、随所で見られた。恐らく、現隊長と副隊長は重傷者の長期治療などで救護詰所にて巡回しているのだろうと察するには容易かった。
「虎徹姉妹はおるかのー?」
詰所へ入ってすぐに夜一が呼びかける。
近くで物を運ぶ隊士らがそれに気づき、周囲がざわつき始めた。すると群衆から、ひょろっと軽く押し出されるように、垂れ眉の男の子が現れた。
「あ……あのぉ、僕で良ければご案内しますが……」
彼は肩を縮めている。突如訪問してきた四楓院夜一と見慣れぬ女に、不安げにびくついていた。
「あっ僕は、三席を務めてます山田花太郎と、言います」と挨拶を重ねる。
薄々この子が花太郎ではと予想していたが、やっぱりそうだった、と妙に納得した。
「では花太郎、連れて行ってくれるかの? 儂と客人の神野じゃ」
花太郎は、ぺかーっと半目で止まる。一体どうしたのかと夜一と共に首を傾げる。
「はっ、驚きすぎて固まっちゃいました、すみません……」
本当にこういう表情するのかと好奇心で頬が緩む。
花太郎に連れられ、巡回中の虎徹姉妹の元へと案内された。隊長たちは別れて職務をしていると思いきや、この姉妹は実に仲が良く、時間が合えば二人一緒に回っているそうだ。
花太郎がそう説明しながら、前を歩いていった。
「隊長、副隊長、お客さまですぅ」
ベッドに横たわる負傷者の回診をしていた虎徹勇音の隣に立つのは虎徹清音。花太郎の呼び声に、清音が先に振り返る。彼女がこちらへ近づくのを見届けた彼は「僕はこれで失礼します……」と変わらない面持ちのまま足早に出て行った。
患者との話を終えた勇音がこちらへ向くと、二人とも笑顔で迎え入れてくれた。
「ようこそお越し下さいました。四楓院さんに神野ゆかさん。こちらに来ることは前々から伺っていましたので、いつかと待ちわびておりました」
かつてのショートヘアからボブほどにまで伸びた柔らかな藤色が艶やかに映る。勇音から紡がれる声色はとても和やかでお淑やかで、ほっこりした。
「私も朽木から聞いてたんですよ! 尸魂界に来るって。四番隊に移って間もない私が言うのも変ですけど、珍しく客人だって姉さんと嬉しくなっちゃって!」
勇音と対照的な清音は、力強い歓迎と共に駆け寄る。
二人とも愛する隊長達を失ったのに、それを微塵も感じさせないで、胸に響いた。
前に進むとはこういうことなのだ、と思い知らされた瞬間だった。
「まだまだせわしい所に申し訳ないの。喜助からの要望でな。他の鍛錬に加え、お主らにも神野を見てやって欲しい」
夜一が頼む横でお辞儀をした。
「あの浦原さんのご要望ですから、断る理由などありませんよ」
姉の勇音があの浦原さんと言うあたり、彼は瀞霊廷通信でヒーロー視されているというのは間違いないようで。多岐にわたる方面から尊敬されている喜助を目の当たりにして、さすが喜助さんだなあと嬉しい反面、なぜか濃霧のようにもやついた。
「もちろんですよ! 姉さんは難易度が高いものを、私は基礎を教える予定です」
すでに段取りを整えていたような物言いで、清音は胸を張っている。
──教える、とは……? 私は医学かなにかを学ぶのかな。
いまいち状況を理解できていなかったが、とにかく初心は笑顔を忘れずに「よろしくお願いします」と頭を下げた。うむ、と頷く夜一は企むように笑む。
「これで喜助はようやく安心じゃろうな。実のところ」
唐突に彼の名前が出て、驚くばかりか眉を顰めた。
「え、ど、どういう意味ですか、それ」
夜一は自ら答えることなく、立っ端のある勇音を見上げて「お主は本人から聞いとるじゃろ? 虎徹隊長」と訊ねた。
虎徹姉妹は顔を見合わせて、ふふふ、と笑い合う。この場にいる自分だけが意味をわかっていないようで。問われた姉が事の運びを教えてくれた。
「はい。浦原さんから直々に命を受けまして。神野さんがお怪我をされても最低限はご自身で回復ができるように、と」
「浦原さんが総隊長を通さず、姉さんに直談判で頼んだってさ! 本当は所定の手続きが必要なんだけど」
信じ難い言葉の数々に、うそ、と小さく口を押さえる。そして頭に過るのはいつかの彼の懇願。
──『ボクからのお願いですが、一ついいっスかね?』
──『四番隊への接触も願います』
尸魂界行きの話で、開口一番にお願いしたこと。そんな、まさか。あれは自分のことを考えてのことだったのか。理解できても信じられなかった。あの時は、てっきり。大戦後の間もない現状や病状の把握なのだろうと、余りに的外れな勘違いをしていた。
「そう、だったんですね、」
破顔を抑えられない。虎徹姉妹も朗らかに目を細めた。
「ですからお時間が許す限りで結構なので、お薬の常備と回道の術を学んでいきましょうね」
卯ノ花隊長を彷彿とさせる勇音の柔らかな声だった。
ではこちらへ、と別室へと移動していく。ここで夜一とはお別れのようで「儂はこのまま霊術院へ向かう、勉学は程々にのう」と四番隊を後にした。
彼女たちの後ろから詰所内を歩いて回る。
あの喜助が直談判で回道を自分に、と思うと顔のにやけが止まらない。
──これって……私のことを考えての行動ってことで、いいのかな。いいんだよ……ね?
単に負傷しやすいから先手を考えてくれただけなのは、重々わかっている。彼にとって平然な優しさに自惚れはしない。ただ、それでも。歩きながら問答を繰り返した。自信が持てないのは、そもそもそういう仲ではないし、いつもいつも揶揄ってばかりで。しかも手合わせした時には、傷を負わせるような本気っぷりを見せていたのに。
悶々とした思案をぐるぐると巡らせ、僅かばかりの期待を寄せてしまって、あっという間に熱くなっていく。両手で顔を覆っては、早く赤面症を戻さなきゃと試みていた。
「神野さん、大丈夫ですか!? 調子悪いです?」
清音が振り返る。が、その親切は昂る緊張に拍車をかける行為だった。
「い、いえ! 全然平気です! 絶好調です!」
「それならいいけど」
首を傾げた清音は前へ進む。
勇音は、ふふ、と微笑みかけて立ち止まった。
「はい、こちらの部屋ですよ。まずは本を手に取って、基礎からですね」
入ったところは四番図書館だ。見渡す限りに難しそうな書物が並んでいて、幾つかある机には隊士と見られる人たちが黙々と励んでいた。
「私が基礎を教えるって言ったけど、座学は全然ダメだったからちょっと心配……私も一から習う心持ちで頑張りますね!」
「大丈夫、清音の回道は卯ノ花隊長が一目置いてたんだから。また話すけど、本当のことよ?」
清音がどうして十三番隊へ行ったのか、今はまだ知らされていないようだった。
「姉さんに言われると照れるよ」
「清音は自慢の妹だからね! 神野さん、焦らずゆっくり学んで下さいね。浦原さんのためにも」
最後の一言に気持ちを持っていかれ、照れる間もなく「ハイ」と声まで硬直してしまった。
直談判されたなどと言われた手前、もはやそれを否定する理由も気力もない。
「そうだね。浦原さんの要望のためにも、弱音は吐いてらんないね!」
なにを思ったのか、清音は意を決したように自身を奮起させた。まるで人間のための回道ではなく、喜助を安心させるための回道だと。二人がそう思い込んでいる様をただただ傍観している。
正直なところ、これから鬼道に座学、体術に回道と学ぶものが多くなり、時間と体が足りるか心配で仕方がなかった。
──と……とにかく、休み返上で頑張らねば。
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