「なにー? いい話聞こえちゃったけど」

 理吉の話は乱菊や雛森、日番谷にも届いたようで、興味津々に身を乗り出した。そして真隣の雛森がこちらに向き合って、眉を下げながら言う。

「ごめんね、ゆかさん。さっき廊下でばったり会った時に、その、あたしも見えちゃって」

 別にね、盗み聞きをしたわけじゃないの、と慌てて付け足せば、乱菊は「ところで理吉って誰よ」と酒を呷った。
「俺んとこの三席だ、いい加減覚えてやれよ……」恋次が寂しそうに彼の所属を答える。

「へぇ、歳下に好かれるって青春って感じねぇ」

 乱菊の言う青春についてはよくわからなかったが、そういうものなのかなと聞き入れた。
 話が膨らんで申し訳なさそうにする雛森に「私は全然気にしてないですよ」と宥める。死神年数で数えたら理吉は歳上なのだろうが、乱菊からしてもそのようには見えないのだろう。自分でも彼のあどけなさや無邪気さから歳下の括りに入れていたのだから仕方がない。

「……あー。だから理吉は俺にあの人は誰かって聞いてきたのか」

 六番隊での出来事を思い返すように恋次が言った。ふむ、とルキアは首肯いて「若い隊士もそういうものに興味があるのだな」と近頃の事情に感心を示す。

「なんや、ゆかちゃん狙ってきてるやん」

 しっかりとした狙い撃ちやん、とお猪口を一旦置いて驚いた。そんな平子を尻目に盃を傾ける。

「いやいや、お友達って言ってましたよ」
「そりゃそう言うやろ。……で、ゆかちゃんはどう思てんの?」
「え、どうって……なにも。私は人間ですし、向こうは死神で」
「そんなんどうだってええやんけ」

 その言葉に、流しこもうとした酒をぴたりと止めた。

「平子たいちょーも、現世潜伏が長かったですもんねぇ。思い当たることでもあったりしてぇ」

 明らかに酔ったノリで言う乱菊へ「んなワケあるかアホ」とこれまた酔っ払いの勢いで突っ込む。

「自分はどう思てるかーが、大事なんやろうが」
「あたしもー、そう思いまーす」
「……なんや腹立つ言い方やな」

 平子の放った、たった一言が頭をぐるぐると支配していく。あー、お酒が回ってきたか、と自覚するまでもなく、目の前がくらりとした。

 ──種別はどうだっていい、自分はどう思うか、か……。

 それが言えたら苦労はしないな、とぼやける頭を正常に保とうと努めた。ちょっと飲み過ぎてるかも。ふう、お猪口を置いて小さく呼吸を整える。

「よぉー。遅れたな」

 宴会の中盤、お座敷の襖が開かれた。入ってきた人物、主につるりと光る頭部を見て硬直する。
 一気に熱が冷めていくのを感じ、寒くなる背筋。

「おーう、一角さん。遅ぇじゃねぇか」

 若干へべれけになっている恋次が、斑目一角を迎え入れた。檜佐木の隣へ腰を下ろそうとする一角に、背筋をピンと伸ばして会釈する。申し訳ないが、目は合わせられなかった。遠慮を感じ取った一角は、こちらへ顔を向けた。

「あー、この間は悪ィことしたな」

 彼は続けて、すまん、と申し訳なさげに首を垂らす。

「は、はい、いえ! 私の方こそっ」

 あの一角から謝られたことへ脳内処理が追いつかず、同じように頭を下げてしまった。

「ゆかさん、一角さんには説明してあっから大丈夫なはずだ」

 けらけらと恋次は半笑いで一角のお猪口に酒を注いだ。

「もう脅かさねぇよ! お前もぺこぺこ頭下げてねぇで、顔あげろ!」

 今度は怒鳴るように声を浴びせる。すぐさま「はいっ」と姿勢を正した。彼の登場で冷えたはずの肝が、再び熱を帯びていくのを感じる。

「ビビって萎縮してるやん、もう。野蛮やなァ」

「平子隊長だって、俺らと同じように勘違いしてたでしょうが」

 一角による平子への突っ込みが的確に刺さった。

「そ……それはやな、何万年も前の話や」

 このボケは勢いもなく。それを聞いていた檜佐木が割り込む。

「まぁみんな勘違いしてたと思いますけど、本当に物腰が柔らかい人っすよ。十一番隊に追われてさぞかし恐怖したでしょうね」

 落ち着いた檜佐木の補足に、謝意の眼差しを送った。

「それでも一戦交えようとしたゆかさんは、肝が据わってたよな。俺ァ見てたけどよ」

 肯定も否定もしなかった。あの時はただただ必死で。
 あの全力疾走を思い返すまでもなく、逃げながら応戦するしか手がなかったのだから仕方がない。
 すると暫く静観していた日番谷が、珍しく口を開いた。

「そりゃ死ぬかもしれなかったら、戦うしかないだろ」

 如何にも隊長らしい返答で、平子も「せやな」とそれに同意する。
 訝しむルキアは「傍観せずにすぐ止めろと言っただろう」と恋次に苦言を呈した。

「……俺もちょっと興味があったんだよ、」
「強いですよ、ゆかさん。常に一生懸命で。心も術も、その細部に覚悟を感じますし。あたしは毎日稽古していてわかってきました」

 心強い雛森の称賛に目頭が熱くなる。評価を求めていた訳ではないが、力をつける目的が明確でなくて、時には惰性で学んでいたこともあった。最初はただ、周りに頼らず自身を護ることだけを。それが次第に、いつかあの人にも認めてもらえるように、と。気づいたらそればかりで。
 感極まると視界が潤んできて、う、と顔を背けてしまう。

「桃、ゆかちゃん泣いてまうで。……あぁアカン、これ酔うたら泣き上戸や」
「ええ、えっ、そもそも斑目副隊長がゆかさんを苛めるからですよ!」
「苛めてねぇよ! 勝手に萎縮してんだろうが!」

 それだけではなく、今までの戦う意志を持つ経緯を考えたら、別の想いが溢れてくる。報われないものが掬い上げられるような。喜助さんが、喜助さんがいたから、覚悟も備えられて奮起できた。

 ──ああ、駄目だ。酒のせいだ。どうも感情の起伏が激しい。

「あーあ、どこが地球上最強の大女よぉ。こんなに可愛いらしくて綺麗な涙を流す子なのに、」

 酷いわよねぇ、と乱菊が平子にも非があると言いたそうに批難した。

「堪忍してェや。それ以上言うたら余計泣いてまうやん」

 指の腹で目頭から溢れ出てしまうものを抑えようとするけれど、中々止まってはくれない。
 見兼ねた平子が、羽織の袖口をぐしぐしとあてて拭った。いよいよ全身に酒が回り、ぼんやりする。されるがままに任せていると、鼻から垂れかけていたものまでもが綺麗になってしまった。

「……平子さん、鼻水ついちゃいました」
「あ、ホンマや! 隊長羽織りに鼻ついたやん!」

 すみませんと謝りながらも、その光景に、あははと声を上げれば、すっと雫は引いていく。
 酒が入るとこんなにも昂りが激しい。酒は一利あるが、慣れないと恐ろしいとしみじみ学んだ。

「皆さん、お見苦しいところを大変失礼しました」

 平子の言う通り、自分は意外にも泣き上戸なんだなと客観的に自省した。新たな発見にちょっぴり気恥ずかしくもありつつ、けれど周りの人たちが温かくて。この歓迎が、心から嬉しかった。

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