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 陽が沈み月明かりへと変わろうかという頃。とあるお食事処のお座敷へ、乱菊に誘われた人々がぞろぞろと集まっていく。後から合流する人もいるらしく、まずは集まった面子で食事を始めることになった。

「ほら平子隊長、挨拶を」

 乱菊が早くぅ、とせがむようにお願いすれば、雛森や周りの隊士が、平子隊長、と声をかける。

「なんで俺が」
「はいはい、いいからみんなお猪口持ってー」

 今いる中では平子が最も上にあたるが、挨拶は疎か音頭すらも取りたくなさそうだった。それを見兼ねた乱菊が自ずと仕切り始め、皆に酒が入っているか確認する。

「今日みんなに集まってもらったのは他でもないわ、 ゆかさんとの親睦を深めるためです!」

 改めて人前で紹介してもらうと、その照れからか遠慮気味に会釈をする。

「ではみんなで、かんぱーい! さあ呑むわよ!」

 乱菊の適当かつ短めの挨拶で、飲み会は始まった。
 この場所で初めて見る人もいて、いつもよりも緊張する。けれど一方的に見知っているので、会話する分には問題ないはずだ。だから大丈夫、多分。

 ──わあ、本物の方々がいらっしゃる……。

 雛森と平子に挟まれ、対面には乱菊が居座っている。
 この席次のお陰で不安を最低限に抑えられ、心の安全はなんとか保たれていた。そして右隣に座る雛森に、まだ挨拶をしていない人の存在をこっそり耳打ちする。

「桃さん。初めましての男性がいらっしゃいますね」
「あぁ、シロちゃ、あっ日番谷くんのことだね」

 慌てて言い直す雛森が見慣れなくて、つい可愛いと思ってしまった。最後に付け足した敬称も微笑ましい。それが耳に入ったのか、雛森の前にいる白髪の彼は眉根を寄せて口を開く。

「日番谷隊長、な」

 それを聞いてから、日番谷の方へ向いて「初めまして」と自己紹介を重ねた。

 ──なんだか挨拶の仕方が合コンのそれなんですが……。

 あからさまなこの状況に胸の内で苦笑を浮かべるも、それを酒で流していった。

「あたしのたいちょー、可愛いでしょ?」

 ぼよんと音が鳴りそうなほどに豊満な胸を寄せられた日番谷は、心底迷惑そうに呆れている。

「……松本、離れろ。既に酒臭い」
「そう言うたいちょーは、お酒進んでないですよ? 成長を気にしてるんですか?」
「松本みたいに一気に飲んでねぇだけだ、ったく」

 交わされるやり取りに、思い出した。ルキアと恋次に纏わる物語での一場面を。

 ──乱菊さんが放った『大紅蓮氷輪丸イケメンエディション』はまだ未発表だよね。

 あれは笑ったなぁ、と思い返す。そもそも恋次とルキアは現時点で結婚報告すらしていない。
 だからイケメンエディションの云々はまだ口に出してはならない。考えても見ればこの飲み会も、その時の面々に似ている。そんなに堅苦しい場ではない上に、座る位置も無礼講となっていた。上座下座などは関係ないらしい。つまりこれは本当にただの飲み会と化している。

 ──今はあれの前か、少し入ったところなのかな。

 話される内容や流れ、雰囲気で時間軸を探った。
 今更ではあるが、浦原商店に居た頃は、時系列がほとんどと言っていいほど把握できなかった。ただ、周りを眺める限り、予想した時間軸も合っているかは定かではない。
 対面の乱菊を挟むのは、日番谷と恋次で、恋次の隣にはルキアが和やかに座っている。彼らは和気藹々と、それは仲睦まじく。酒を互いに注いでは、呑み始めていた。これはもう夫婦で良い、むしろ早く夫婦になれ、そう願いながら眦を垂らした。

「他に知らんやつでもおったか?」

 周りを見渡すような観察に気づいたのか、左隣の平子が酒をぐいっと呷りながら聞く。
 話したことがない、と言えば、平子の隣に座る檜佐木修兵だ。

「そちらの、男性の、」

 気を遣って向こう側へと目配せする。

「あー、九番隊副隊長さん。拳西んとこの修兵や」

 名前を呼ばれた檜佐木は、こちらに顔を向けて会釈した。

「よろしくっす、乱菊さんともう仲いいんすね」
「えっと、気がついたらこういう流れに……」

 ああこの人は乱菊さん目当てだ、と念頭に置きながら軽くお辞儀をした。挨拶の合間にちびちびと酒を進めると、人見知りも少しずつ和らいでいく。
 やり取りの間にいた平子が「まぁ若いもん同士仲良うしいや」と愉快げに笑んだ。

「平子さんだって若いように見えますけど。若作りですか」
「現世と違ってな、死神は年齢なんてあってないようなもんや」

 どこかで聞き覚えのある台詞だった。誕生日はあってないようなもの、と言った誰かのそれを重ねてしまう。──確か、日番谷くん、だったような。
 そして謀反を起こす前の藍染が、そんな彼を諭すようにして、誕生日を知っていることが幸せなのでは、と言っていた。──その時の乱菊さんは、寂しげな表情を浮かべていたっけ。
 彼女も好意を抱いていた幼馴染を亡くしてどれほど辛かったろう。いつも気丈な彼女はなにを想うのか。考えただけで胸が張り裂けそうだった。──ああ、酒が入ると、どうも感情が昂ぶる。

「……でも、何百年も生きられて、羨ましくもあります」

 ほんの少しだけ、本心が溢れた。死神同士なら魂ある限り何百年も共に過ごせるのだろう。なんて幸せなことだろう。一方、人間と死神の、添い遂げられない隔たり。時の流れは容赦なくて。

「人間で何百年も生きよったら、仙人やないかい」

 その冗談に思わず、ふふ、と声が漏れた。すると、それを聞いていた檜佐木が口を挟む。

「ゆかさんて、本当に物腰が柔らかい人なんですね。九番隊でも我武者羅な印象が独り歩きしてましたよ」

 一口啜って、あれはやっぱり噂だった、と得心に至っていた。

「あー、あれは、悪戯好きの浦原さんの仕業で」

 参りますよ、と返せば、檜佐木も「それは詳しく聞きたいっすね」と面白可笑しそうに食いつく。これを説明するのはもう何度目だろう。次第に定番化してきた。瀞霊廷通信で執筆するライターなら、特集を組んで記事にしそう。いやそれだけは避けたい。最悪な事態を想像して軽く落ち込んだ。
 すると喜助の話を遮るように、平子が助け舟の如く話し始めた。

「せや。今日、六番隊の奴と楽しそうに話しとったな。友達できたんか」

 六番隊の奴は、日中のあれだ理吉だ。すぐに理解できた。まだ頭に酒は回ってきていないらしい。

「はい、そうですね。行木理吉くんっていうんですよ。阿散井くんのファンらしいです」

 そう伝えると、名前に反応した恋次が、ルキアとの会話を止めてこちらへ顔を向けた。

「理吉がゆかさんと、か?」

 恋次が不思議そうに首を傾げる。続いてルキアも話題に入ってきた。

「行木竜ノ介の兄か。接点が見当たらぬが」

 竜ノ介はルキアの隊士とあって、察しが早い。そう思うのも当然。接点は薄いどころかないだろうな、と説明に迷いながらみんなに事の経緯を伝えていった。

「この間、六番隊にお邪魔した時にたまたま私を見かけたらしくって。それで、って感じです」

 恋次はそれだけでは納得しないようで、「それでって何だよ。繋がんねぇよ」と絡んできた。
 よく見れば、彼はすでに出来上がっている。意外にもあまり酒に耐性はないのかと驚いた。

「えっと、なんて言うか、竜ノ介くんが五番隊まで理吉くんを連れてきたっていうか」
「余計に意味がわかんねーよ。なんで理吉が五番隊にいんだよ」

 彼はまるでお父さんみたいな口調で畳み掛けてくる。

「竜ノ介が理吉を連れて、ゆか殿に会いに五番隊まで行ったのだな」

 ルキアが経緯をまとめると、それに気恥ずかしくなって一瞬口を噤む。
 そしてこくりと首肯いて、正解の意を伝えた。
 それにやっと気づいた恋次は心底驚いたようで「おいおいおいおい、それって……おい」と酔っ払いらしい突っ込みに。対するルキアはとても鈍感なようで、顔を顰めては「なんなのだ?」と傾げていた。ニヤニヤと、歯列を覗かせる平子の視線が痛い。

「な、なんですか平子さん」

 ほんのりと酔っ払っているのか、その瞳は酒気を帯び、とろんとして。彼は頬杖をつきながら、なにかを企んだように告げた。

「今日なァ、俺、見てもうてんけど」

 隠していない含み笑いに、嫌な予感がする。平子はなみなみ注がれたお猪口をこちらに向けた。

「なんか、もろてたよなぁ?」

 まあ隠すことでもないし、とその問いにはすぐさま降参した。

「伝令神機、の番号をですね、渡されまして」

 平子は愉しそうに目を細めて「ええやん」と柔らかく笑う。
 それを聞いた恋次が、「おいおいおい、まじかよ」再びおっさん化すれば、ルキアはようやく合点したようで、「なんとっ!」と目を丸くさせていた。
 思わぬ反応の数々に、ぎょっとして「そっそれだけですよ!」堪らず肩を竦めた。

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