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「なあ、桃。見てもうてんけど」
「はい、あたしもです」

 五番隊舎、とある廊下の曲がり角。平子と雛森はぴたりと背中を白壁につけ、一体化している。
 通ろうとした通路で、ゆかと隊士がなにやら話し込んでいるのを見かけた二人は、咄嗟に身を隠した。そうっと彼らの様子を覗いては、瞬時に壁にくっ付くという如何にもな行動を繰り返した。

「なんや、六番隊のヤツに好かれてんのか。ガキやんけ」
「そうみたいですね。秘密にしといた方がいい、ですよね?」

 純真な雛森らしく、二人をそっとしておこうと提案する。一方で全く気にしていない平子は、面倒そうに返した。

「なんで俺らが気ぃ使わなあかんねん。今日の飲み会で聞いたったらええんや」

 雛森は、本当に触れて良いのか、と言いたげに平子を見る。

「別にゆかちゃんが嫌がる話やないやろ。好意持たれてんねんから」
「まぁそうですけど」
 と腑に落ちない声で返すと、丁度角を曲がってきたゆかと鉢合わせになった。

「……あ、桃さんに平子さん。お疲れ様です」

 話し込んでいた二人は、突然の本人の登場にびくっと肩が跳ね上がった。

「おう、ゆかチャン。ぐ、偶然やな、偶然」
「お疲れさま。そうそう、今晩のこと聞いた?」

 あからさまな反応を見せた平子の傍らで、雛森は落ち着いた対応をする。

「今日の夜ですか? まだなにも聞いてないですよ」

 直前の挙動に怪しまれなかったことにほっとしながら平子が伝えた。

「今晩、飲み会やねんて。さっき乱菊ちゃんが言うてたで」
「まだ時間はあるけど、お支度もあるだろうから、あたしは先に汗流してくるね。場所はあとで連絡するよ」

 稽古を終えたばかりの雛森の額にはまだ汗が残っていた。

「承知しました。楽しみにしてますね」

 ゆかが和かに返すと、「じゃ、お先に失礼するね」と廊下を歩いて行く。
 副隊長の後ろ姿を見送ってから、視線を戻す。だだっ広い廊下、残された彼女の様子に妙な違和感を覚えた。どことなく漂わせる哀しげな色を、平子は見逃さなかった。

「ゆかちゃん、現世の方には連絡取ってるん」

 あえて喜助とは出さなかった。現世に連絡と言えば、こちらの状況を喜助に報告しているかどうか、の互換であるが、そうは訊かない。

「こっち来てからは、全くですね。連絡手段もないですし」

 さらりと言ってのける姿は、いつもと変わらず。あえてそう振舞っているようにも見えたが、その本意まではわからなかった。話のついでだ。手段がないのなら手伝ってもいいかと、提案する。

「ほんなら、俺のでも使うか?  なんか報告するんやったら」

 単に喜助との会話を促すのではなく、あくまで報告だということを念頭に置いての発言だった。
 この娘は隊士ではないが、五番隊にいることが多い。隊長として、と言う訳でもないが、彼女にどこか思うところがあるのなら、それくらいは汲んでやろうと考えていた。
 もしも仮にホームシックのような感覚に陥って、あの寂しげな色を宿していたのなら。彼奴に連絡くらいはさせてやった方が彼女のためだろうと。これはあくまで個人的な想像なのだが。

「あー……いえ、大丈夫ですよ。夜一さんが現世に繋がっているはずですから」

 続けて「お気遣いありがとうございます」と柔らかく微笑んで礼を告げた。
 遠慮というよりは謙遜。いや、それよりもまるで殻へ篭ったような彼女の言い様に、平子はなにも言えず、「ん、ならええねん」とその話題にはそれ以上触れられなかった。

「ほな、今晩にな。楽しみにしときー」

 そう言って、なんでもないように廊下を歩いて行く。いつものように右手をひらひらとさせて。

「はーい、また後で」反対方向へ去って行く幽かな足音が後方で響いた。やはり彼女の返答は普段よりも感情が薄い。恐らく篭っている、自身の殻へ。
 あれはホームシックちゃうな、そう確信した平子は足を止めた。そして、ちらりと振り返り、足早に戻る姿を横目で見やる。……なんでや、何考えてんねん、心の中で彼女に問う。あの好意を寄せられていた瞬間から元気がないような雰囲気は、気のせいではない。平子は、あんなん普通は嬉しくて舞い上がるんちゃうんか……ちゃうんやろなあ、と男女の思考の違いに解せないでいた。

 ──こんなん喜助に言うわけにもいかへんしな、ほっといたらええんかな。

 平子は頭をがしがしと荒々しく掻きながら、執務室へ向かう。
 もうちょい様子見やなぁ……。平子は妙な違和感を拭えないまま、今はまだ干渉しないことに決めた。とは言え、放っておくような性分でもないことは、自身がよく解っているのだが。本人が閉ざしているものを敢えてこちらからこじ開ける必要はないと判断した。

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