そうして降ろされた先は、六番隊隊舎だった。そうか、きっとルキアは兄様と恋次に用があってそれで──。案内されるまま恋次の後をついて行く。隊舎内へ入ると、広い中庭へ通された。

「ルキア、連れて来たぜ。お前の言ったとおりだった」
「そうか恋次、ありがとう。ゆか殿に挨拶は済ませたのか?」

 呼ばれた彼女の隣には白哉がいた。
 端的な礼を受けた恋次が、「ああ、そうだった」とこちらへ振り返る。

「すっかり挨拶が遅れちまったな。俺はここで副隊長を務めてる阿散井恋次。で、隣が六番隊隊長でルキアの義兄、朽木白哉隊長だ」

 紹介に首肯いた。一方的に見知っている人物に臆することはなく。自己紹介を、と一歩前へ出た。
「私は、」そう発した言下に、白哉が口を開いた。

「兄のことはルキアから聞いている。……先刻、客人に対しての無礼な振舞い、許して欲しい。兄が心落ち着くまで、六番隊にて休んでゆくと良い」

 それだけ言うと、失礼する、と言い残し広い敷地の奥へと姿を消してしまった。

 会話というにはあまりに一方的で。白哉の貴族っぷりはぶれないなと、驚きよりも感銘を受けた。けれども以前の白哉に比べたら、言葉の端々に角はなくなりとても柔らかくなっている。彼本来の優しさを偽りなく感じることができた。

「ゆか殿。兄様はお忙しい身ゆえに行ってしまわれたが、私から話をしている。気にするな」

 一言も発せずに会話を強制終了させられた様子を見兼ねてか、ルキアの心遣いが温かい。

「ううん、大丈夫。朽木さん、阿散井くんに伝えてくれてありがとうございました。えっと…… 夜一さんが後から来るはずなので、迎えに来るまでここに居ていいですか?」
「無論。と言っても私の隊ではないが、兄様もああ言っておられたからな、心配無用だ。……しかし今日は十一番隊に見つかったのが運の尽きだったな。ゆか殿の霊圧に気づけて良かったよ」

「な?」とルキアが恋次へ同意を求めると、彼は腕を組みながら不思議そうに訊ねる。

「てっきり、一角さんと一戦やんのかと思ったんだ。浦原さんと夜一さんの教え子なんだろ?」

 ぴく、眉間が疼くのを感じる。湧き上がる憤りを落ち着かせるべく、伏し目がちに心境を紡いだ。

「……夜一さんの教え子ではありますが、浦原さんはどうでしょう。報告書で悪戯する人の弟子、という自覚はあまりないですね」

 次第に一角から逃げる時に達した憤慨が沸々と蘇り、心なしか声色に感情が加わっていく。前と違う事情を察したルキアは、恋次に肘で合図を送った。

「そ、そうか。俺も勘違いしちまって」
「ゆか殿はそもそも温和な方なのだ」

 二人の間で、浦原という言葉は禁句だ、と共通認識が固まったようだった。

「まァ確かにな。使った鬼道を見てたんだが、直接攻撃よりも抑える方を主に使ってたもんな」
「ほーう。鬼道の苦手なお前に、その区別がついたとはな」
「っるせぇ!」

 恋次は顔を赤くして荒らげる。その光景が嬉しくて可愛らしくて、膨れた怒りはどこへやら。

 ──もう正式にお付き合いしてるのかな、まだかな、いやー聞けないなあ。

 そんなことを考えていたら、ふふ、とまた頬が緩んでいく。

「あー、一角さんには俺から伝えるからよ、もう十一番隊の奴らが追いかけて来ねぇようにしとく。だが、悪い奴らじゃねぇんだ」

 それだけはわかってくれ、と恋次が言う。

「わかってますよ、ありがとうございます」と返せば、ルキアも安心したように微笑んだ。
「……けど、ガラは悪い奴らですよね」
 逃げ惑っていた時に思った旨をそのまま告げると、二人とも声を出して笑った。

 ──ピピピピ。携帯のような電子音が鳴り響く。ルキアの伝令神機らしく、彼女は一体誰だ、と訝しみながらそれを手に取った。

「はい、朽木だ」

 ルキアは電話の相手に心底驚いたようで、はっとした目をこちらに向けた。当然ながらその声は漏れることなく、一体どうしたのか、と彼女を見つめ返した。

「う……貴様、何用だ!」

 急に血相を変えて問いただす。宜しくないことを聞かれたのか暫く言葉を濁していた。戸惑ったのち、意を決したように答えた。

「なっなんだ浦原、ここにゆか殿がいるか、だと? はっは、そんなに答えが知りたいか」

 まさか、その通話相手って。慌ててルキアに手と首を横に振り、無理無理! と意思表示をする。先に感じた怒りは大分鎮まっているが、喜助と電話なんて緊張どころじゃない。無理すぎる。自身の精神衛生を優先してしまった。こちらの意図を察したルキアは、うんうんと首肯き断りを入れる。

「残念だったな浦原。ここにゆか殿はおらぬ、別の誰かに──」

 そう告げた途端、隊舎の中庭で大きな声が響いた。

「居った居った。今日は厄日じゃったのう、神野。十一番隊で騒ぎになったそうじゃな」

 タイミング悪く迎えに来た夜一が、話しながら近づいてくる。

「え、と、いま」

 あ、声を出してしまった。ルキアはしまった、と急いで切断ボタンを押したものの、すでに聞かれたのだろう。夜一の呼び声とうっかり発した自分の声までも。
 中庭が静まり返ったあと、ルキアと互いに目を丸くしては石のように固まっていた。
 その一部始終を見ていた恋次は「やっちまったな……」と自分の肩に手を置いて。訪れるであろう厭な未来を先に労った。喜助に叱られる未来だろうか、なんて責められるかを想像するだけで頬がひくひくと引き攣っていく。
 一方の夜一はなにが起こっていたのかわからずに眉根を寄せた。

「……何事じゃ? 朽木も、神野も」

 事の運びを恋次が説明すると、彼女は困ったように笑った。

「それは、悪いことをしたのう」

 ルキアも申し訳ないと顔を暗くしたが、明らかに自身に非があったので「いえ、居留守をしようとした私が悪いんです」と二人に頭を下げた。

「しかし、なぜ浦原は私に連絡を寄越した上に、ゆか殿の所在がわかったのだろうな」

 得体の知れん奴だ、と気味悪そうに考え込んだ。

 ──確かに。ルキアに用があったのかな、普通そうだよね。電話してるし。

 仮に自分に用があるのなら、こっちに来る時点で伝令神機を持たせているはず。それにしても、今日はとんだ不運ばかりで。占いだったらぶっちぎりの最下位だ。正直げんなりする。落とした視線の先、腰元で揺れる御守り。ちゃんと願掛けしたんだけどな、と哀しくなった。

「……あとで浦原さんに連絡してあげて下さいね。きっと朽木さんに伝えたいことがあったはず」

 首肯いたルキアを確認したあと、夜一と共に六番隊を後にする。

「では、お邪魔しました」
「あまり気を揉むなよ、相手は浦原だからな」
「はい、ありがとうございます朽木さん」

 その時、六番隊士と見られる若い死神たちが立ち止まっては挨拶をして、礼儀正しく送り出してくれた。規律を重んじる隊の特徴が眼に見えてわかるな、とその様子に感心しながら門を潜る。嫌なこともあったけれど、夜一がいればもう安心だ。荒れた気分を落ち着かせ、平常心に努めた。

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