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 午前中は真央霊術院で死神技術の知識や、白打の基礎を院生と共に学んでいた。
 死覇装を着て授業を受けることに違和感はあったものの、周りの院生はそれどころではない雰囲気で、多忙さを極めているようだった。大戦後の死神不足とあって、実力のある院生は護廷十三隊へ駆り出されており、ちらほらと死覇装を纏っている人を見かけた。自分もそれに混じってしまえば、先に感じた違和感は次第に薄らいでいく。

 ──結構ひとがいるんだね、私も院生に見えてるかな。

 それにしても、院生は足早の者が多い。正直、護廷の方が余裕のある日常を送っている気がした。
 そうして午前が終わり、軽く昼食を取ったあとは、瀞霊廷の中心へと足を運ぶ。
 夜一にはそこで合流しようと言われていたが、その後の予定はまだ聞いていない。神野の霊圧を探るからどこへ向かっても良いと告げられ、この余った時間をどうしようかと彷徨っていた。

 ──……う、見慣れないところへ出てしまった。

 独りでぶらついていると案の定、迷い始める。地図が欲しいなあと嘆くも、そのような案内板は置いてある訳がなかった。暫く適当に歩いていると、大きな隊舎が近づいてくる。さてここは何番隊かな、とその周りを小走りで駆けて回ると、でかでかと漢数字が伏してあった。

『十一』

 縦に示された数字を見て、考える前に反射で踵を返していた。

 ──み、見なかったことにしよう……。

 夜一さん早く来てと願いながら来た道を戻って行く。ところが、その願いも虚しく。今まさに懸念していた十一番隊の小隊が道を塞いでいた。彼らを前に歩む足を止めるしかなかった。

「隊舎の前まで行って血相変えて引返そうってか。感心しねェな」

 群衆から一人、前へ出てきた。だが放たれた言葉よりも、つい彼の頭部に目がいってしまう。

 ──紛れもない、斑目一角だ。

 そして隊を率いる様子から確信に至った。大戦で消えた前副隊長、草鹿やちるの後任として、彼が現副隊長へと昇格したのだと。

「えっと、初めまして。道に迷ったので、通していただけませんか?」

 そう畏まると、奥に連なるいかにも柄の悪そうな隊士たちが、どっと野太い声を上げて笑い出す。更木隊があっさり通してくれる訳もないのはわかっていたが、こちらもお願いしないと始まらない。

「おいお前ら、笑ってやるな。この嬢ちゃん、十一番隊をご存知ないらしい」

 いえ、存じております。などと言える訳もなく。溜息を落としそうになったが、堪えた。
 どうしたものか、苦しいながらも策を考えつつ一角の言葉を待つことにした。意外に冷静を保てているうちに一角の周りに視線を移すも、近くに弓親は見当たらなかった。弓親ならまだ話が通じるものだと思ったのだが、残念なことにその希望は早々に絶たれた。

「ここを通りたきゃ俺と一戦交えるってのはどうだい? あんた知ってるぜ。噂になってる」

 この提案は、まずい。焦燥に駆られ、脂汗が滲む。背筋もぞくりと震えている。後方に構える隊士たちは有難いことにこちらが誰だかわかっていないらしい。ただ一角だけは、流石は副隊長とあってか、来客の情報を得ていたようだった。

「あの私、戦ったことないので、ごめんなさい」

 深々とお辞儀をして本当のことを告げた。しかし一角は鬼の形相で「冗談言ってんじゃねェよ、」と斬魄刀を握り締めた。いけない、このままでは正直者が馬鹿を見てしまう。まさか。瞬時に、喜助の報告書に施された悪戯が脳裏に浮かんだ。

 ──完全に勘違いこじらせてる、しかも悪い方向に……!

 そう確信すると同時に、逃げるが勝ち、と再び十一番隊舎の方へ戻り始めた。行きたくもないが、逃げるしかない。後ろから、待てこらァ、と集団が怒声を浴びせながら追いかけて来る。
 ああ瞬歩が使えたら、己の未熟さを嘆くと涙目になる。そもそもの事の発端はあれだ。ゆかは喜助の悪戯に心の底から怒りを覚えた。なんで、どうして自分がこんな目に。そう思えば思うほど頭に血がのぼっていく。慕っている喜助に対してこんなにも憤慨したことはあっただろうか。走り回る中、素早くばっと振り返れば、一角がすでに解号を唱えており、鬼灯丸へ変化したのが見えた。

 ──いやあああー!! 最悪、最悪……さいあくー!!

 状況はまるでサバンナの中に放り込まれた仔羊。百獣の王に追いかけられているようなもの。全力疾走に必死で、やめてだの助けてだの声も出せず、もちろん夜一も来ない。

「来ねえなら行くぜ、」

 低音が聞こえたと思ったら、ヒュン、と後ろから槍の刃が追いつき、体の横をかすめる。
 なんとかしなきゃ本当に刺される。心臓がばくばくと音を上げながらも、術を迎え撃つことは躊躇した。逃げ惑う中で葛藤するも、結局は、ああもう、と腹を括った。
 半ば諦めで応戦するしかない。一旦立ち止まって息を整える。

「……縛道の二十一、赤煙遁」

 やはり攻撃だけはしたくなくて。今放てるありったけの霊圧で煙幕を発生させた。
 うまく放てたことを確認したら、すぐにまた足を走らせた。元々持久力に乏しく、更には全力疾走続きで、すでに逃げ足が遅くなっていた。だから、ひとまず逃げの一手で対処を試みたのだが。
 どうやらその煙幕が効いたのか、向こうは団体一丸で「汚ねぇぞオラ!」などと騒ぎ立てる。
 もちろんそんな小技を物ともしない一角は煙幕を潜り抜け、口の端を吊り上げながら一直線に槍をぶっ刺してきた。ようやく反撃を判断した。

 ──ああ、このひと本気だ。

 やるしかない。もうこの際、喜助と手合わせした時の組み合わせで霊圧を込めた。

「……縛道の四、這縄」

 放たれた縄状の霊子が鬼灯丸の槍を捕らえた。
 一角が「チッ」と苦虫を噛み潰したような様相で力づくで縛道を解こうとする。
 そしてすぐさま、次の鬼道を詠唱して放とうとした、その時──。
 誰かが真後ろから、自分の首根っこを死覇装ごと掴み、ふわっと体が宙に浮いた。

「えっ、ええ? 夜一さん?」

 吊り上げられたまま、見えない相手へ問いかける。
 すると、見下ろした先の一角が、後ろの人物をキッと睨み上げて叫んだ。

「ッ、くそ、なにしやがる、──恋次!」

 予想外の名に一角の言葉を繰り返しそうになり「れっ!?」と驚きの声を上げてしまった。
 振り返ろうとするも、襟を掴まれて首がうまく回らない。ちらりと横目で一瞬見えたのは、束ねられた彼の真っ赤な髪だった。

「悪ィ、一角さん! 事情は後で説明する!」

 そう一角に叫び返した恋次は、十一番区域から駆けて行った。
 瞬歩を使うまでもない素早い動きに「うぐ、」と詰まりそうな声を漏らす。

「ああ、苦しいよな、悪い悪い」

 ひょいと背負われた。恋次におぶさる形となり、やっと対話することが叶った。

「あの、ありがとうございました。助けてくれて」

 なぜ自分を、とすぐさま問いたかったが、初対面ともあって訊ねることを躊躇った。きっと通りかかったついでに見兼ねて引き上げてくれたのだろう。

「礼ならルキアに言いな。一角さんと知らねぇ霊圧を感じた途端、横にいたルキアが俺を遣いによこしたんだ。戦いを止めろってな」

 思いもよらぬ事情に言葉が出なかった。なんで助けてくれたのか、なんて問う必要もなくなったばかりか、その理由があまりにも彼女の性格を表わしていて。ルキアの感知能力はもちろん、行動力や人柄に心を打たれては、恋次の肩を掴む手にぐっと力が入っていた。
 一番最初に会ったきりなのに。こちらが戦いを好まない性格だということも、戦いを挑まれているという予見も、人のことを理解していないとできない。そんな恋次も恋次で人が良くて。目的地に着くまで彼はただ静かに黙っていた。


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