こうして夜一が迎えに来たので、今日のところは五番隊舎に別れを告げる。雛森は「隊士室に空きがあるから使えばいいのに」と厚意を向けてくれたが、事前に宿舎を用意してくれていたので断りを入れた。

 表へ出ると、すっかり陽は落ちて辺りは暗がりになっていた。月が照らす夜道を並んで、宿舎へ向かう。

「夜一さん。さっきは、ありがとうございました」

 その道中、あの演技派な言動に改めて感謝した。夜一とこの話題を交わすのは初めてだが、もうすでに彼女もわかっている。それを認めて、敢えて切り出した。

「気にせんで良い。儂も神野に協力できたら良いのじゃが。彼奴は色事には鈍い奴での、」

 すまんのう、と彼女は申し訳なさそうに眉を落とした。

「そんな、謝らないで下さい。夜一さんが気にかけることじゃないです、私の問題ですから。私が勝手に慕ってしまっただけで」

 言い訳がましく告げると、夜一は前へ歩む足を止めた。なにか気に障ることを言ってしまったのだろうかと、そっと寄り添ってどうしましたかと俯く顔を覗いた。

「神野は、良いのか」

 夜一は切なげな双眸でこちらを見つめる。それは微動もしない強い瞳でもあって息を呑んだ。
 この、何もかもを見透かしたような彼女の声色は、優しさだけでなく畏れさえも感じられて。

「……それでお主の気持ちはどうなる」

 二度目の問いにはっとした。真っ直ぐな眼差しに、射貫かれるようだった。
 月夜に照らされる彼女は輝くように美しく、陰陽がさらにその美形を際立たせる。

 一瞬だけ、自身の決心が揺らぎそうになったけれど、ふ、とかつての記憶を思い返した。ルキアが織姫を現世から連れ出して、種は違えど同じ足踏みで過ごしていたあの瞬間を。

「なにも……このまま。これがいいんです。私、弁えているつもりです。人間と死神が同じ時を歩めないこと。死神が何百年も生きること」

 己の言葉に迷いはなかった。苦しい想いもない。ただ、自分たち二人を照らす月光だけが真実を知っているかのように、それだけが理由ではないことは隠した。人間と死神以前の問題など、夜一には到底告げられない。この想いには、壁が大きく厚すぎた。

「えっと、なので……いつか私がお婆ちゃんになっても、変わらない夜一さんと一緒にお風呂に入りたいです」

 紡いでいるそれに自分で照れつつも、へらへらと微笑めば、夜一は唐突に抱き締めた。

「風呂でもなんでも入ってやるわ。……彼奴の一体何処に、と云うても致し方ないかの」

 ぎゅうっと軋むくらいに強く抱きつかれ、同じように背中へ手を回す。いつまでも悔いるような夜一の背中をぽんぽん、と軽く叩いた。

「……よ、夜一さん、苦じい」

 呼吸が止まる寸前で、声を出して笑った夜一は、その腕を解いてくれた。
 月明かりの下を再び二人で並んで宿舎へ向かい、それぞれの部屋へ着いたところで、ようやく寝床についた。


 ──尸魂界旅行 二日目

 何日間滞在するのかは聞いていない。朝は自然に目が覚めたので、早々に身支度を始めた。
 ああ、そういえば。昨晩の別れ際に夜一と話していたことを思い出す。確か今日は真央霊術院へ行く予定だ、と聞いたような。寝る直前だったのでうろ覚えだ。そのことを念頭に置いて、いつもの衣装に腕を通し、雛森から借りた死覇装を上から羽織る。

 ──死覇装の着方、こんな適当でいいのかな……なんか、変。

 まあいいや、と先にリュックの中身を整理すると、内側に括っていた喜助の御守りが目についた。この御守りも、幽霊避けに貰って、落とした時には探しに行って、たくさん思い出が詰まった不思議な御守りだ。もう必要は無いのかもしれないが、腰に巻いた白い帯に御守りを縛り付けておく。
 昨晩は迷いはないと断言したのに、本当に未練がましいなと己の弱さに落胆した。でも御守りくらいは許してほしい、と括ったそれをぎゅっと強く握って願をかけた。

 ──今日も何事もなく過ごせますように。喜助さんが元気でいますように。

 心で彼を想えば、不思議と元気になっていく。が、途端に、我に返る。一気に自己嫌悪へ陥って、気持ち悪い色事に侵された脳みそにほとほと呆れた。恋のチカラってすごーい、と棒読みをしたような皮肉が流れ、こんなこと乱菊には口が裂けても言えないなと苦笑した。

 すると支度を進めている間に、襖の向こうで「神野、起きとるか」と夜一の声がする。
「はーい」と返事をすれば、ゆっくりと戸が開いた。
「お早う。思い返せば、昨日から死覇装を着ておったな」

 昨日は聞きそびれたと言うように、彼女は見慣れない格好を眺める。

「おはようございます。昨日平子さんに夜一さんの姿が目に浮かぶって言われて、桃さんにお借りしたんです。まあ、平子さんの言い方だと人目につかないようにってことだと思いますけど」
「そうじゃろうなとは思うたが」
 と納得しながら、おもむろに崩れている着物を直し始めた。
「あ。まだ着慣れなくて、すみません」

 恥を感じながら夜一にされるがまま締め直されていると、彼女が帯にかけた手を止めた。

「……御守り、持ってきておったのか。宝物なんじゃな」

 再び手を動かすと、動かないように括り直してくれた。

「未練がましいですよね。でもこれがあると不思議と落ち着くんです。少しの間は許して下さい」

 諦観気味に告げると「許すもなにも、」と言って終わった背中をとん、と押した。

「神野の想うがままにすれば良い。何も未練がましくはない。お主はしっかりやっておる」

 なんだか昨日から甘やかされているんじゃないかと思うくらい、彼女の優しさに触れてばかりで。

「夜一さん、たまには叱ってくれてもいいんですよ」

 そう返せば、夜一はからからと笑って襖の方へ向かう。

「叱咤が神野のお望みなら、そうしようかの?」

 意味深な含み笑いで放つ夜一は、まるで喜助が放つそれのようだ。それに苦笑しては、やっぱり結構です、と遠慮を口にして部屋を後にする。

「浦原さんを真似て言うのはよして下さいよ」

 冗談混じりに言えば、すまんすまん、と軽やかに謝る夜一の声が前方から響いた。

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