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「あっはっはっは!」

 五番隊執務室では乱菊の大笑いが止まらない。
 目に涙を浮かべる彼女に、素面なのにこの勢い、とゆかは圧倒されていた。

「ごめーん、もう平子隊長が可笑しくって。浦原さんも相変わらずよくわかんない人だけどさー」

 結果として乱菊ともこうして話すことができたので、人見知りはすっかり落ち着いたのだが。
 対面に座る乱菊は「こんなに可愛らしい女の子なのにねぇ」とこちらの顔を覗いた。彼女が言いたいのは、独り歩きしたイメージよりも随分と普通の女だったということだろう。

 わかっていてもこんな美人さんに言われると照れ臭くなって。話題を自分から報告書へと移した。

「それを聞くと、浦原さんの報告書を読みたくなりますね」

 興味津々という顔で乱菊に聞いてみる。すると彼女は雛森と目配せして「教えてあげたいんだけど、」と語尾を濁らせながら平子の方へ向いた。

「今回の報告書の現物はな、隊首会に集う隊長にしか閲覧許可ないねん。副隊長はその要約部分だけや。せやから、」

 平子が纏めようとしたところで、乱菊が割って入る。

「あたしたちの知らない部分を補ってたのは隊長たちの雑談だったわけ。だからこの印象操作はぜーんぶ、平子隊長のせいってわけ」

 そこまで言うと、乱菊は再びツボに入ったようで、腹を抱え始めた。

「やっかましいわ、しゃーないやろ! さっき喜助に聞いたらアイツわざとそう思うよう仕向けたらしいねんから」

 乱菊が笑い転げる中「報告書で遊んでんねんで、俺悪くないやん」と開き直りながら頬杖をつく。 その何気ない説明に体がぴくりとと反応した。

「……浦原さんと、話したんですか?」

 報告書での印象操作よりも、平子が喜助と話した内容が気になってしまう。けれど、何を話したかなんて聞けなくて。単純に彼と話をしたのか、としか投げかけられなかった。

「ああ、さっきな。えらい目に遭うてるってクレーム入れてん。アイツの意図はわからへんけどな、ただの悪戯っ子やろ」

 紡がれた言葉を一つ零さずしっかりと聞いていた。
 平子と話した喜助がどんな声でなにをどう伝えたのか、考えるために。

「確かに……悪戯っ子で生粋のいじめっ子ですもんね。報告書も趣味を交えて書いたんでしょう」

 案外間違っていないだろう。こういう仕打ちを予想し予め罠を張っておいて、自分がいない処でも揶揄いにきたのかと考えると、喜助のSっぷりは計り知れない。正直怖くなる。

「ゆかさんと浦原さんて、デキてんの?」

 一連の話を聞いた乱菊が、遠慮することもなくぶっ込んだ。なぜ、そうなる。
 唐突過ぎる質問に表情が固まったが、その言い方には嫌味がないので素直に聞き入れようとした。
 ところが、妙に慌てている人が一名いた。

「ちょ、乱菊ちゃん、ゆかちゃん困ってるやん」

 思わず「え、困ってはないですよ?」とあっけらかんを装って返した。

「だってデキてないですもん。私も浦原さんも、そういう類の気持ちは全くないですね」
「ほんとに? 一緒に住んでて、なーんにも感じない?」
「あたしも男の人と住んでても別に、って感じするけど」

 乱菊は「最後の雛森の言葉は聞かなかったことにしてね」と雛森論をやんわりと否定した。
 それでもこくりと首肯いて、現状感じているままを続けた。無論、あの感情は伏せて、だ。

「別になにも気にしないし、私はただ共同生活の一員にまぜてもらって、戦闘について教えてもらって。あ、もちろん尊敬はしてますよ。なにかと助けていただいてますし」

 それは無難に、普通に。気づく前を思い返すように彼女たちに伝えたが、どうだろう。
 少し離れている平子の表情までは見えないが、こちらの本心はばれていないはずと高を括った。

 ──もう一緒に住んでないけど、他言しちゃ駄目だしね。

 さっきの平子の忠告。報告書にはないから言わない方がいい、と。乱菊が「ふうん、そっかぁ」とつまらなそうに返事をするあたり、真に受けてくれたらしい。一方の雛森は、そりゃそうだ、という様相でこちらの言い分に首肯くだけだ。

「だって。どう思いますー? 平子隊長」

 話を振られた平子は「なんで俺に聞くねん」と面倒くさそうに戻す。

「浦原さんに一番近そうじゃないですかぁ。ねぇ、ゆかさん?」

 腑に落ちない様子で問われた。ただ色恋話が好きなだけなのか、それとも手強いのか。
 なにもないんじゃないかな? と首を傾げると平子が口を開いた。

「喜助に一番近いのは夜一やろな。夜一にでも聞けば一発や」

 乱菊は、あー確かに、と得心した。
 思いがけない人物に、それはちょっと困るな、と内心焦り始めたが意外にも平子がそれを遮った。

「あ。でも、あいつも教鞭を執らなあかん人や、忙しいんとちゃう」

 それを聞いた乱菊はつまらなそうにして核心を問うことは諦めたようだった。
 平子さんナイスフォロー、と胸中で拍手を送る。

「って、夜一まだ戻らんのか。遅ないか?」

 そう零した瞬間。五番隊舎の扉がすぱんと勢いよく開かれた。
 平子は現れた人物に、噂をすればやな、と感心の声を上げた。

「神野、待たせたの! 元気にしとったか」

 まさかの本人の登場に手に汗を握る。
 まずい。今ここで喜助への慕い心を暴露されては、これまでの苦労が水の泡だ。

「よ、夜一さん、元気でしたよ! 皆さんに良くしてもらって、桃さんに指導して頂きました」

 そうかそうか何よりじゃ、と相槌を居れた直後。案の定、乱菊からあの質問が飛んだ。

「夜一さん、ゆかさんと浦原さんて本当にデキてないんですか? 二人とも気持ちがないって」

 脈絡のない問いに、夜一は何事かと目を丸くする。ゆかはハハハと苦笑しながら、必死に否定したことが無駄にならないようにと祈って小さく拳を握った。
 当の夜一はちらと横目でこちらを見やり、即答する。

「ないな、こやつらは皆無じゃ。喜助に女っ気がなければ、神野にも男っ気がない。儂も残念に思うとるわ」

 ハァ、と溜息を落とす夜一はなんて演技派なんだろう。心の底から感服した。
 流石は隊長を務めた人だけはある、下の者の気持ちを汲むことに長けていて。

「そういった部分も、神野には此方で学んで欲しいと思うとるんじゃがなぁ」

 どうじゃ? と口角を吊り上げる夜一に、「なかなかそういう気分にはなりませんよ」と戯けて否定した。自分も演技派になろうと心掛け、「でもご縁があれば」と添えて微笑んだ。
 そもそも人間と死神だ。仮にこの場所で良縁に恵まれたとして、惹かれあっても恋仲には成れないとは重々わかっている。ところが乱菊は嬉しそうに誘いだした。

「じゃあさ、今度飲み会しましょ! オトコ呼ぶし、ね?」

 夜一も行ってこいと笑顔で自分の背中を押す。
 それは飲み会という名の合コンでは、と頭によぎると、どうしても躊躇いが生じてしまう。

「緊張するんだったら、雛森と、……あと平子隊長もいれば安心じゃない?」

 彼女は中々気が利くようで、ここに居る人をも巻き込み始めた。夜一は酒が苦手だからと不参加の意向を示したが、名前の上がった両名は二つ返事で参加すると告げた。

「では、ぜひ、お願いします」
「決っまりー! あとは任せといて!」
「あ、はい。乱菊さん、ありがとうございます」

 そもそも友達が少ない。というより、世界が一変してから色々と制限させられた生活をしていたため、職場はもとより他人との交流が圧倒的に少なかった。だが乱菊の提案のお陰で、せっかく昔のような自由に戻ったのだから単独行動に拘らなくも良いのでは、と思えるようになった。
 もはや、今回くらい羽目を外してしまっても、と考え始めている。

 ──どっちにしろ、叶わない想いなんだから。気休めくらいに風化させてくれる、かな。

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