小休憩を終えると、書類の山が目に入り一気に現実が押し寄せてくる。その山を手をつける意欲は依然湧き上がらない。深く座り直すと、椅子の背がキィと鳴り、同時に溜息が零れた。なんで俺が考えなあかんねん、と意識を職務から逸らせば、切り際の会話が脳内で再生される。

『あんなあ。そないに心配やったら、喜助も来たらよかったんや』
『ほら、可愛い子には旅をさせよ、って言うでしょ』
『かわいい言うてもうてるやん』
『ことわざっスよ、まさか知らないんスか』
『わかっとるわ! ほなもう切るで。 ──ったく、世話の焼ける奴やで……』


 いやあ、あの喜助がなあ。はっきりしない態度にも世の中わからんもんだらけや、と平子は両手で頭を掻いた。しかしいくら面倒やと思ってもあの娘と接すると、そんな感情は無に帰する。一護や織姫とはまた違う気質の持ち主に、平子は逆におもろいかもな、と頬を緩ませた。

 ──喜助も見かけによらず、結構な心配性やったんやなあ。夜一はこのこと知ってんねやろか。

 確かに赤面の癖や緊張しいの性格を目の当たりにしたら、ホンマに大丈夫なんかコイツ、とこっちが心配になってくる。きっと物事を真っ直ぐに捉えすぎて、心に余裕が持てないのだろうと平子はゆかの生真面目な内面を考えた。出会った当初に、もっと肩の力抜いた方がええな、とは伝えたが、彼女はその本質を理解していないだろう。

 ──遊びは程々に教えたれって、逆に気ィ使うやんけ……。

 アカン、考え事はもう無理やと早々に諦めて、やっとのことで仕事に手をつけ始めた。半分にしてもらった書類に、筆を取っては確認して、押印を重ねていく。これらを早く終わらせて、夜一にも会わなあかん。頭の中で予定表を組み立てた。こうして業務は惰性と反射神経で捌かれてゆく。
 ところが、あと少し、というところで執務室に来客が訪れた。

「やっほー。って雛森ー?」

 少量の書類を片手にやって来たのは乱菊だった。
 毎日のことだ、遊びに来たのが九割だろう。目に見えてわかる。

「あれ、平子隊長が座って書類仕事してるー!  めっずらしー!」
「なんにも珍しいことあらへんやろ。後少しで片付いたんが、もう終いや。乱菊ちゃんの訪問で集中力きれてもうた」
「あたしのせいってわけー? はい、新しいのあげるから頑張ってください平子隊長ぉー」

 乱菊は持ってきた紙の束を投げるようにどさりと重ねた。雛森がいないのなら用はないと、手をひらひらと振りながら足早に戻ろうとする。
 ああそうや、事のついでにと平子は乱菊を呼び止め、雛森について報告した。

「あー、桃は今日から一番弟子に稽古つけててな、しばらくここ空けると思うで」

 乱菊は、一番弟子? と首を傾げた。

「なにそれ。そんな話、雛森から聞いてないですけど。あ、だから平子隊長が仕事してたのね」
「最後の言葉は聞き捨てならへんな。俺はやる時はやる男やで」
「それで一番弟子って? 霊術院から来てる子でもいるんですか?」

 直前の言葉を華麗にスルーされた平子は「無視かい」と弱々しく突っ込んだ。

「あれや、喜助の報告の話は知ってるやろ? あの渦中の子が今日から来てんねや」

 その話に乱菊は「ほんと!?」と食い気味に目を輝かせている。帰ろうと進めた足をこちらへ向け、ねえねえ、と飛びながら戻ってきた。

「どんな子でした? 日番谷隊長から聞いた話でも、すごく力がありそうな印象だったのよねー」
「あー……まあ、それはやな。俺らの勘違いてゆうかやな」

 平子は喜助やゆかのことが頭に浮かび、思わず言葉を濁した。

「やっぱり平子隊長が言ってたような大女でした?」
「え、なんで知ってんねん。桃にしか言うてへんぞ」
「なに言ってんですかぁ、その場にあたしも居たじゃないですかぁー」

 乱菊は教えて欲しそうにしっかりとした敬語を混じえてくる。これが猫なで声っちゅうもんか、ほんま媚び売りがあからさまやな、と平子は呆れ返った。

「で? 霊長類最強の戦士? 大女?」

 どうなの教えて、と笑顔でせがむ乱菊に平子は神妙な面持ちで、「せやねん……」そう放った瞬間。その表情が強張って硬直していった。

「なに、どうしたんですか平子隊長。急に固まって」

 平子は冷や汗でしどろもどろになりながら、乱菊の後方を指差した。
 その様子に気づいた乱菊が後ろを振り返ると、いないはずの雛森が物凄い血相で立っていた。

「──ももも桃ッ、いつからおったんや!」

 雛森はまるで汚物を見るような眼差しで平子と対峙する。
 一旦くるりと背を向けて、人陰に隠れたゆかの耳を塞ぐと、その質問に答えた。

「乱菊さんの、『平子隊長が言ってたような大女でした?』からです」

 再び向き直った雛森は完全に冷え切った双眸で「扉開けっ放しでしたよ」と付け加えた。
 頭を抱えた平子は、見る見るうちに顔面蒼白になっていく。漂う険悪なムードに、勘の鋭い乱菊は大きく声を上げた。

「ちょっと待って、雛森! もしかして、この後ろの子が!?」
「そうですよ、乱菊さん。ゆかさんです」

 乱菊の驚愕した声が、五番隊舎中に響いた。

「だって平子隊長が『せやねん』って! 肯定したから、あたし、てっきり!」

 乱菊はすぐに、ごめんね許してえ、と両手を合わせて謝りに出た。平子の言葉を鵜呑みにした乱菊に対しては悪い印象を持つことなく、むしろ好印象を持ったようだった。

 ──なんで、俺ばっかり今日は。貧乏くじ引きすぎやろ……。

 その不運を見兼ねたのか、げんなりとする平子に「気にしてないですから、顔を上げて下さい」と眉尻を落としたゆかが慰めた。

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