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 ようやく静かになった執務室に、独り揚々と腰かける。机上に乗せられた書類の束を眺めては手に取り、ばらばらと置いていく。という一連の行為をするものの、仕事をする気は毛頭ない。平子は、せや、と自身の伝令神機を取り出した。

「もしもーし、平子ですけどー、喜助クンですかァ」

 座ったままの体をぐいんと斜めに傾け、伝令神機を右耳につける。

「これはこれは、平子サン! そろそろ連絡が来る頃かなー、て思ってたところっスよ」

 神機越しの喜助の声はどこか嬉しそうだ。
 恐らくこうなる流れはわかっとったらしい。実に頭が切れる奴やなと感心しながら話を進めた。

「で、御用はなんスか?」
「でェやないわ。さっきゆかちゃんに会うてな。喜助に言わなかんことがようさんあんねん」

 全てに対してシラを切るつもりやろうが全部言ったるで、平子は静かに決心する。

「だいたい言いたいことはわかりますが……まさか初日に勘づかれるとは流石っスね」
「そんなんええから聞いとけこら。お前の報告のせいでな、俺は今日えらい目に遭うてんねん」

 相も変わらず喜助の声色は愉快げにけらけらと。平子は目を通す気もない書類を左手でぺらぺらと適当に捲っては、手遊びがてらさっきの事を思い返した。

「どんなことっスか?  報告に不備はないはずっスけど」
「不備はないやと? こっちの奴らビビってんで。あんなカッコであんなこぢんまりとやな」
「ハハハ、思ったよりも可愛らしいっスか?」
「そうゆう意味ちゃうねん、俺は報告内容がえげつない書き方や言うてんねん。あんなん読んだらゆかちゃん泣くで」

 まるで地球上最強の大女やんけと続ければ、喜助は高らかに笑いながら悪びれもせず飄々と返す。

「そっスねえ、全くの逆でしょう。まぁボクが皆さんにそう思わせるようにミスリード含ませただけで、ウソは書いてないっスよ」
「お前なぁ……。なんであんなん書いたか知らへんけどな、報告書で遊ぶなや」

 こいつは、と呆れるも口角は正直に上がっていく。
 めっちゃおもろいやんけ、などとは口には出さずに胸中で拍手喝采した。

「ところでゆかサン、元気でました? 彼女、環境が変わると殻にこもる傾向があるんスよ」

 その質問に、平子は手遊びしてた左手を一旦止め、視線を宙へ上げた。

「そこまでわかっとってゆかちゃん可哀想やろ。俺が言うのもあれやけど、安心しィ。いま桃に稽古つけさせて、あとはあのしょーもない服の上から死覇装かぶせたったで」

 長い溜息を吐くと、ついでに先ほどの様子を主観を交えて伝えた。

「それとや。言いたないけどな、ゆかちゃんがお前の話する時、めっちゃ嬉しそうやったで。対抗薬もろたとか、衣装作ってもろたとか」
「そりゃ朗報っス。しかし随分と仲良さげに話をしたようで。あわよくば、なんて思ってます?」

 あはは、なんて不敵そうに笑う口調に嫌味が含まれたところで、平子は察知した。

「アホか。思たところでだーれがお前みたいなヘタレに言うかボケ。あんだけマーキングしよって、手ェ出してへんらしいな、え?」

 少し言い過ぎたかと頭によぎるが二人の関係を見ていたら口を挟まずはいられない。
 ここで突っ込む奴がいないと発展すらしないだろうと平子は妙な違和を感じとっていた。

「平子サン、その手には乗らないっスよ」
「……なんやそれ、ノリの悪いやっちゃなあ。そもそもあの衣装はなんやねん。意味あんのか?」
「逆に聞きますけど、平子サンは何故あの服の上に死覇装を被せたんスか?」

 ひっかけ問題かと反問を探るも、訳わからんと速攻で諦める。

「なんでってそりゃあ、あんなんミニ夜一やんけ。背丈も変わらへん、髪結ったら余計にや」

 今日あの恰好で二番隊に置き去りやで、と苦笑気味に答えた。

「ボクの思惑どおりっスよ。それでいいんス」

 平子は「はい?」と声が上擦り、さっぱりやわ、と無い頭を捻らせた。

「お前まさか、わざと夜一に似せたんちゃうやろな。いちいちチラつくねん」
「だから言ってるじゃないっスかあ。思惑どおりだって」

 喜助のブレない返答に項垂れる。
 平子自身、お洒落には好きなようにと心掛けているだけに、彼女が不憫に思えて仕方なかった。

「そーかい。夜一連想させて変な虫、寄らせへんつもりやったんか」
「ご名答、と言いたいところですが、後者には賛同しかねます」
「お前が賛同せんでも自然にそうなるわ。お、ええな、て思た娘の身なりが母ちゃんそっくりやったら萎えるやろ」

 神機越しの喜助が一瞬だけ無言になる。

「なんや図星か」
「……それ、遠回しに夜一サンけなしてません?」
「し、してへんわ。ものの例えや例え! ……本人には内密にやぞ」

 ところが、それは平子サン次第っス、と余裕綽々に返されてしまい平子は仕方なく開き直った。

「そう言うて余裕こいとるけどな、こっちは弱み握ってんねんで」
「弱み、とはなんでしょ。是非ともお聞かせ願いたい」

 これには流石の喜助も想定していなかったようで、先ほどよりも低音で問いただした。
 フン、と鼻であしらい「弱みかどうかは知らんけどな、」そう断りを入れてから事実を伝える。

「内緒であの娘を保護から外したらしいな。報告されてへんことや」

 喜助はそれに、成る程、と肯いて暫く言葉を閉ざした。用意した答えを出すように紡ぐ。

「帰宅する許可を与えたんスよ、通い稽古で良いってね」

 そうかと納得するわけもなく、思い返しながら彼女の言質を伝えた。

「『監視下は外れて帰宅命令や』て言うてたで、ゆかちゃん。本人は追い出されたような言い方やった。半強制でしかも勝手に保護下から外したらあかんやろ」

 珍しく喜助は隊長としての言い分が正しいと素直に認めるように、そうっスねえ、と同意した。

「喜助、なにするんもお前次第やけど、もう薄っすら自分で気づいてんねやろ」

 不本意な忠告に最後は「こんなん言うて堪忍な」と喜助の気持ちを汲んだ。言ったところで慰めにもならないだろうが、それでも。喜助は電話越しに、はあ、と深い息を吐いてから押し黙る。そして結論を出し切らないまま、彼自身の要望を端的に伝えた。

「今はまだ、言わないでもらえますかね」

 喜助の絞り出した声がいつになく辛そうで、か細く聞こえた。

「なにを、や」

 この問いは喜助の意志をはっきりさせるためでもあった。

「なにも。ゆかさんにも、上への報告も」

 なにをと聞いたのに上手いことはぐらかす彼奴は一筋縄ではいかんなあ、平子は攻防戦を諦めた。

 ──ホンマに弱みやんけ。深すぎて笑いにもでけへんわ。

 平子は出そうとした溜息を呑み込んだ。

「……んなもん怖くて言われへんわ」
「助かります、平子サン。それにしても、今日は長いこと彼女とお話されたんスねー」

 俺が弱み握ってんのに、と何故か優位に立つ喜助に戸惑っては調子を狂わされる。

「せやから俺は偶然にやな、てなんでお前に妬かれて言い訳せなあかんねん、おかしいやん!」
「何言ってんスか、ボクは大人っスから妬きなんかしませんよ」
「お前なあ……そう言うんやったらええわ。夜一からゆかちゃんに遊びを教えてええて許可もろてん。なんも言うなよ」

 人によっては宣戦布告ともとれるそれ。途端に無言になってしまい、慌ててフォローを入れた。

「黙りこくんなや、冗談やろうが。許可もろたんはホンマやけど」
「え、今、なにも言うなって言ったじゃないスか」
「そうゆう意味ちゃうわ! ったくなんやねん現世組は」

 けれども喜助は安心したように改めて礼を告げた。

「貴方には感謝してるんスよ、平子サン。遊びは程々に教えてやって下さい。……ゆかさんが気楽に話せるヒトと出逢えたようで良かった」

 最後の最後で本心を滲ませた喜助に、難儀なやっちゃな、と内心で悪態をついて口の端を上げた。

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