夜一の後ろを歩こうが、平子の後ろを歩こうが、周りからの奇異の目は変わらないようだ。
 五番隊舎へ近づくにつれ、今度は死覇装を纏った女子たちがざわつき始める。

 ──これは予想外だった……。

 想像以上の平子への女子人気に、肩を竦めて顔を上げないように歩いていく。逆に図書室にいた方が安全だったのでは、と不安の汗が滲み出た。

「着いたで、なか入り」

 やっと人目を避けられる。安堵の思いで五番隊隊舎を眺める。
 小さくお辞儀をして、お邪魔します、と入るとそこは執務室だった。静かな室内。ぐるりと見回した平子は頭を掻きながら言った。

「桃のやつおらんなァ。とりあえずや、ここなら誰も入ってけーへんから安心し」

 執務室は主に上官が出入りする。人目を避けさせてくれたことに感謝の念が湧き上がった。先ほどより緊張が解けた面持ちで御礼を言うと、ええから、とソファに座るよう促された。
 平子も隊長仕様の椅子に腰かけて、机に頬杖をつきながら訊ねる。

「ゆかチャン、頭に虚を飼うてんねやろ? なんともないん?」

 彼自身も仮面の軍勢とあって、気になるところはやはりその部分のようだ。それにしても唐突に触れてくる。けれど平子独特の話術のお陰か、嫌味などは全く感じさせない。

「好きで飼ってないですよ。頭の中にはいるみたいですけど、今はもう何かされることはないです。浦原さんが対抗薬をくれましたので」

 そう言って、リュックからおもむろに喜助の作った対抗薬を取り出して見せた。

「これを飲めば、悪夢を見ずに済むんです」

 嬉しそうに薬の話をするそれは、薬に対して向けられていないことを平子は悟った。

「なんやけったいな虚もおるんやなあ。俺ん中にも虚がおってな、万一なんかあったら聞くで」

 なんもなければええねんけど。そのカミングアウトとも言える発言に驚きながらも、はい、と首肯いて「万一の時はよろしくです」とお願いした。

 暫く談笑しすると、がらり、と執務室の扉が開けられた。短い黒髪の女性が書類を抱えて入る。
 その女性から「ただいま戻りました」と可愛らしい声が発せられた。

「おーおかえり、桃。待っとったでェ。挨拶し、こちらゆかチャン」

 彼女が来客に気づき、ゆかはソファから素早く立ち上がる。また本物との初対面。互いに緊張を纏って、俯き加減に「初めまして」と言い合っていると、平子が頬杖のまま突っ込んだ。

「なにお互い意識しあってんねん、学園モノのやっすいドラマちゃうねんで」

「平子隊長!」雛森が異議を申し立てると、「変な隊長ですみませんね」と眉尻を下げる。
「あの、ゆかさんは夜一さんと来られると聞いていましたが……、どうしてうちの隊舎に?」

 夜一不在についての事の経緯をひと通り説明すると、すかさず平子が割り込む。

「俺が提案したんや、鬼道なら桃に教えてもらいって。別にええやろ?」

 側に立っていた雛森がすたすたと目の前を通り過ぎ、平子の近くへ寄っていく。

「もちろんです。あたしでお役に立つのなら、喜んでお受けします」

 どさっという音と同時に隊長机へ書類をたんまりと置くと、雛森は喜色満面で言った。

「この関連書類と他の執務は、平子隊長が責任持って引き受けてくださるということですね?」

 その光景に、おお、と賛美の目を向ける。可愛らしい容姿の内には、勤勉さが染み付いていた。むしろ平子隊長の下では仕事に対してそう成らざるを得ないのだと思わされた。

「そりゃないでえ」と隊長が断るも、にこやかに迫る副隊長に「わかったわ、せめて半分こしてや」と願い出る始末。観念した言質に雛森は、やったあ! と言わんばかりの笑みで振り返った。

「わからないことはあたしに聞いてくださいね。不安なことも多いだろうから」
「ありがとうございます、雛森さん。お世話になります」

 雛森は頷いたあと、どこかキョトンとする。うーん、と悩んでから「桃でいいですよ」と言った。

「なにが桃でいいですよォや。敬語も取ったり。ゆかチャンさっきから緊張しっぱなしやねんて」
「隊長。初対面なんですから仕方ないでしょう」

 ぴしゃりと突っ返す雛森は「ゆかさんが好きなように話していいよ」と気遣ってくれた。

 いつまでも周りに気を遣わせてばかりの状況。いい加減、自分もしっかりしなくては。

「私はこれで大丈夫なので桃さんってお呼びしますね。桃さんも話しやすい言葉で大丈夫です」

 雛森が「うん、ありがとう!」と眦を垂らすと、平子も頬杖をついたまま目を細めていた。

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