十三番隊隊舎の次は、なにやら用があるらしく前隊長を務めた二番隊へ向かうとのことだった。
 二番隊は確か大前田希千代の財力を生かした豪邸隊舎だったような、と自身の記憶を遡る。とは言っても、二番隊に関する知識は喜助が猿柿ひよ里を蛆虫の巣へ連れて行った時くらいしかない。入れてもらうために夜一の許諾を得たところで止まる。まるで某セキュリティ会社のような防犯だったり、大きな門があって自動で開いたり。

 ──砕蜂に会えるのかな。いや、喜助さんと絡んでる時点であまり良い印象をもたれてないかも。

 勝手なイメージばかりが独り歩きしては項垂れた。きっと奇異な目で見られるに違いない。
 そんなことを考えながら歩いていたら、どん、と夜一の背中に頭をぶつけてしまった。
大丈夫かと振り向かれて平気だと伝えると、そこは正に思い浮かべていた二番隊舎の前だった。

 ──で、でっかい!

 木製の大扉を前にすると、現世ではあまり見ない建物で圧倒される。

「神野は此処の前で待ってもらえんかの? 儂は少しばかり顔を出してくる」

 直感で確信した。砕蜂は夜一と二人で会いたいのだと。
 むしろ夜一の物に似せたこの服を纏っていては、砕蜂にどんな想いをさせてしまうかわからない。
 迷うことなく「どうぞどうぞ」と手を振った。
 その所作が夜一には遠慮したように映ったらしく、頭に手を置いてくしゃりと掻き乱した。

「なあに、すぐ戻る。此処は二番隊、隠密機動の者が集う処での。近くにおった方が安全じゃぞ」

 安心しろと言いたげに諭しているが、特に心配していることはない。

「お構いなくゆっくりしてきて下さい。防犯カメラもありそうですし」

 まあその有無はわからないが。ボンボンの大前田のことだから安心安全設計だろうと高を括った。
 そしてガガガ、と大扉が音を立てて開き、夜一が中へ入って行った。
「いってらっしゃーい」軽やかに見送る。大扉が閉まると、初めての静けさが訪れた。

 すたすたと通り過ぎる死神たちは恐らく隠密機動衆なのだろう。鼻から下を隠している者もいれば、無言で会釈だけしていく者も多い。じろりと見られる訳でもなく、ただあっさりと放ってくれて有難い。夜一の後ろを歩いていて情報が回ったのか、上手いこと怪しまれずに済んでいる。

 ──暇だなあ。時間を潰すもの、と。

 ただ立って待つのも勿体ないので、リュックを下ろして鬼道集教本を取り出した。
 時折り、詠唱の言霊を黙読しながら今更に思う。漢字が読めない、発音やアクセントは合っているのか。読み仮名は振ってあるものもあるがないものもある。年季が入ったこれは旧い教本なのか、テッサイには言えないが所々に不親切を感じた。文字と睨めっこしては、時間が経っていく。

 過ぎること、早数十分。人はまばらに。段々と一般隊士と思しき人が多くなってきた。比例して、じろじろと舐められるような視線を受けるようにもなってきた。
 旧びた鬼道集片手に立つ怪しい奴、しかも夜一みたいな色味をして。その違いは服の形状くらいだろう。ほんのり露わになった肩、若干の露出でさえも自身を辱めていく。

 ──し、視線が……! この服せいかな、これ好きなのにな……。

 まさか夜一の追っかけだと思われている、なんて。被害妄想も進行する。
 そろそろ戻ってきて欲しいなあと心細くなり始めたが、きっと久々に会えた夜一様を砕蜂があの手この手で引き留めているに違いない。ゆかは本で顔を隠し、とにかく室内へ行きたいと願った。

「何や、見慣れへんネーチャンやなァ」

 突如として、どこからか男性の声。関西訛りが聞こえてきた。
 だが今は本を読んでいることを理由に静かにやり過ごことにした。

「おーおー、堂々と無視かこら」

 声色から察するに、これは絡まれている。イヤホンでもあったら、と荷詰め判断ミスが悔やまれた。俯き加減のまま、両手でしっかり握りしめた教本を見える位置まで下げていく。

「こっちや、こっち」

 誘導される方へ眼を向けると、通りを挟んだ斜め向かいの塀におかっぱの隊長が腰かけていた。

 ──ひ……平子、真子。まさかの、五番隊、隊長。

 思わず息を呑む、喜助の次点で関心を示した奴だっただけに。次点と言っても、だいぶ距離を置いての次点だ。これは浮っついた心、詰まる所の浮気ではない。平子真子の性格や言葉選びが面白おかしくて一目を置いていた、程度である。しかし透き通るような金糸髪へ目が移るのは否めない。ただ、そんな彼がどうして二番隊に来たのかは全くわからない。

「なにか、御用でしょうか……」

 開いた本で口元を隠しつつ、恐る恐る平子を見やる。
 今は夜一さんを待っているのだ、と絡まれても動じない心を盾にした。

「御用も御用や。此処に妙なヤツいてるて噂んなってたもんやから直々に隊長命令で来てんねん」

 直々に隊長命令って単に本人による興味本位なのでは……という突っ込みをしたら、相手の思うツボだと察し口にすることは控えた。それにしても、やはり怪しまれていたのかと平子の言葉に悲しみが尾を引く。

「髪の毛、さらっさらですね」

 話題を変えようと唐突に煽ててみる。平子は「せやろ?」と満更でもなさそうに手で髪を揺らしたのち、「何話そらしてんねん」と彼らしいノリ突っ込みを入れられた。

「んで、二番隊の前でそないなカッコして。誰の出待ちや?」

 もはや誰かの出待ちと認識されている。熱意のあるファンに見えるのだろう。この格好からすれば一目瞭然なのだが、平子は敢えて言わせたいらしい。
 会話せざるを得ない状況に白旗を上げたゆかは仕方なしに本を胸に抱えた。

「さっき夜一さんと現世から来た者です。夜一さんにここで待つようにと言われて」

 それだけ伝えると、平子はピンときたように目を見開く。

「ほー、ほんじゃ自分が喜助んとこの。……ゆかチャンやな」

 不意打ちに喜助と自分の名前を並べられ、びくりと肩が跳ねた。名前だけが独り歩きしていて、こちらの心労は重なるばかりだった。

「皆さんご存知のようで。驚きます」

 じぃー、とこちらの顔を覗きながら「あんま驚いてへんやんけ」とへの字口で訝しむ。次いで平子が「五番隊の隊長や」と手短に自己紹介をすると、やっと塀から飛び降りた。近くまで寄ってきて、まじまじと見下ろしてくる。背丈は喜助より低いものの細身とあってひょろ長く感じた。

 ──まさに紙面上からそのまま出てきたような、

 隊長の風格に恐縮していると、への字口から歯列がお目見えして何とも気怠い表情を晒していた。

「まあ思っとったより上玉やなァ。もっとこう、どこぞのえらい霊長類なんかと」

 なんと失礼なと思い、咄嗟に返す。

「だれが霊長類の長ですか」
「オサなんて言うてへんやんけ、過剰反応しすぎやで自分。おまけにえらいの意味ちゃうねん」

 二言目に言い負かされ、突っ込みまでされ、早々に意気消沈の如く言葉に詰まる。平子は大人げもなく余所見しながら舌をべぇ、と出してピアスを光らせた。
 隊長副隊長だけでなく、平隊士にも名前を知られていたらと思うと速攻で現世へ帰りたくなる。

「あの、こちらでは私の名前と状況が行き届いているのでしょうか?」
「そら喜助がきっちり報告しとるからなァ、あとは各々の妄想や」
「では平子さんの脳みそはあまりセンスが良くないんですね」
「なんやと、煩悩のない聖人やろうが。可愛げのないやっちゃのォ」

 ずずい、と近づく隊長にゆかは後退りをしながら悪態をついた。
 初対面にも拘らずお互いの第一印象は最悪だろうと思う。気さくな彼だからもっと和やかな雰囲気で会話できるはずだったのに、いざ当事者になって入り込むと、言葉の端々にトゲが出てしまう。

 すると、背中にあたる壁からようやく振動が。待ちに待った真後ろの大扉が音を立てて開き始めた。今か今かと目を輝かせて、尻尾を振る忠犬のように夜一が出るのを待った。

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