異空間な暗闇の断界を抜けると、清々しいほどの蒼天が視界に入った。
 その地に降り立つ。晴れ渡った広い空は、現世のそれと変わらないように見える。

 ──ここが、瀞霊廷か。……緊張してきた。

 俯き加減で夜一の後を離れずについていく。
 随所には死覇装を纏った死神ばかりで、当たり前なのだが、勝手におどおどしてしまって。目のやり場に困ってしまう。ぴったりと彼女の背後について足早に歩いていくと、夜一の後ろに見知らぬ人間が歩いているとあってか、誰だ何だと周りがざわつき始めた。

「臆する必要などないぞ、いつも来ておる一護たちと違って物珍しいだけじゃ」

 安心させようとして言ったのかもしれないが、逆効果だった。

「その物珍しいって視線を痛いほど感じるのですが、どこかへ避難できませんか」

 彼女の歩調に合わせ早口でぼそっと伝えると、呆れ笑った夜一はゆかを脇に抱えた。

「掴まっておれ」その指示どおり、ほっそりとした腰へ腕を回すと、ふわっとした浮上感が。
 あ、瞬歩だ、身構えたのも束の間、たった一回の瞬きで別の場所へ移動していた。辺りを見渡せば何番隊かの隊舎付近のようだ。ところがすぐ動けたことに、瞬歩に対して些細な疑問を抱いた。

「あの、夜一さんの瞬歩って到着したあとに硬直したりしないんですか?」

 少し前の、初めて喜助に瞬歩をしてもらった時のことを思い返していた。

「なんじゃそれは。儂は瞬歩には自信があるが、そんな面倒なことは起こらんぞ」
「私が前にしてもらった時は、着いたあとすぐに体が動かなかったので。あれ? って思って。霊力が瞬歩の速さに追いついてないのかと思っていたんです」
「ほう、その時は喜助に瞬歩をしてもらったのじゃな?」

 それに、はい、と首肯くと夜一は嬉しそうに口の端を吊り上げた。

「神野、いい事を教えてやろう。それはじゃな、ほ──」

 何か言いかけたちょうどその時、立派な隊舎から見覚えのある人物が意気揚々と近づいてきた。

「四楓院さーん、ゆかさーん!」

 お久しぶりですぅ、と些か気弱な声色の困り顔は竜ノ介だ。夜一の言いかけたことを中断してそちらに大きく手を振る。

「竜ノ介くん、久しぶり! そうか、ここは十三番隊の隊舎だったのかあ」
「神野、どこまで喜助から教わっておるのじゃ? 行木らに会うたのは知っとるが」
「い、以前に竜ノ介くんと志乃さんに会って、そのあと浦原さんに少しだけ教えてもらって……」

 再会に嬉しくなって知った風なことを口走ってしまった。こうなったら嘘も方便だ。

「志乃さんは今は出かけていていませんが、ゆかさんが来ると聞いて総隊長をはじめ、隊士がみんな待ち構えていますよ」
「そんな大袈裟な……。いいのに、待ち構えなくて。どうしよう夜一さん」

 引率役へ助け舟を求めれば「お主らしくしておれば良い」と颯爽と隊舎から執務室へ入って行く。

「お。朽木に、総隊長までここにおるとは」

 中へ入るとルキアと京楽が談笑していた。二人が訪問に気づいて歩み寄ってくる。

「ご無沙汰しています、そして貴女が神野殿とお見受けいたします。隊士から話は聞いておりました故、奥へどうぞ」

 副隊長と名乗ったルキアは流石は朽木家という丁寧な応対で招き入れた。生で見ると思ったよりも小柄で、清純な雰囲気と凛とした美しさを纏う。

「やあ、ご足労かけたね二人とも。で、キミがゆかちゃんだね。話で聞くよりも可憐な娘じゃないのぉ、よく来たねぇ」

 片目に眼帯をする京楽は大戦の名残を連想させる。紙面上よりも強面な感じがしたが、発色の良い女物の着物で良い具合に調和されていた。続けて「ああ、ボクはルキアちゃんに用があってたまたまいたのさ」と言い訳がましく微笑む。浮竹前隊長を亡くしてから隊長代行を兼任しているルキアのことを気にかけているのだろう、と察した。

 夜一より紹介してもらい、緊張を伴いながらも「神野ゆかと申します」と頭を下げる。
「朽木さん、私のことは現世や隊士の方々と同じように話して下さって構いませんよ」
 終わりに「あと、織姫ちゃんが朽木さんに会いたがっていました」と伝えると、ルキアは嬉しそうに、まことか! と目を輝かせた。
「それでじゃが、神野には暫く鬼道や白打を学ばせたいと思うとる。早く修得させるのも上の意向なんじゃろ?」

 腕を組み、京楽へ今回の趣旨を話し始めた。

「ボクはそんなに急がなくてもって思うんだけど、四十六室がまだあんな感じでしょ? 上がね、今はてんてこ舞いだからさ、現世にも他に見込みがある人がいたらって思ったんじゃないかな」

 本当にそんな理由で招待されたのだろうかと聞きながら若干訝しむ。総隊長ではなく、四十六室が『悠長なことを言っている場合ではない』と発信したのなら、なんて自己都合主義なのだろうと。
 根強い縦社会を感じずにはいられない。それに喜助が言っていた四番隊への接触も放念できない。

「ゆかちゃん、そんなに険しい顔したら可愛いお顔が台無しだよ? 大丈夫だって、ね?」

 そう諭され、眉間に皺を寄せていたことに気づいた。心配する京楽に見かねた夜一が間に入る。

「神野は遠慮しいの心配性での、気が柔いのじゃ。あまり苛めてやるなよ」

 言い当てられた性格は図星だったが、土足で上がるような物言いに軽く傷心しつつ苦笑いでやり過ごした。

「じゃあ十二番隊の涅隊長には気をつけないとねぇ。人間の中に虚の一部がいるって聞いて興味津々だろうから。あ、でもきっと彼が直々に手を出すなって言ってるよねぇ」

 至って真面目に告げる京楽に、今度はルキアがすかさず反応を示す。

「彼、とは浦原のことか! 涅隊長も気をつけるに越したことはないが、浦原も大概な奴だぞ」

 最初の丁寧さが和らいで、ルキアは織姫と会話するそれと同じように自分と接してくれている。
 小さな変化に過ぎないが、そうなれたことが嬉しかった。喜助に対しては失礼な評価だと思う反面、その言い分がルキアらしくて心が休まる。

「そこは問題ないじゃろうな。涅が神野に手を出せば喜助は黙っておらんからな。なにせ大事に匿っておった姫様じゃ」

 はっは! と高らかに笑う夜一に「そんなこと!」と否定したものの瞬く間に赤面していった。
 横目で彼女を見たところで、姫様はあなたでしょうが、とは言えるはずもなく。

「あはは、そりゃそりゃ。でもね、ここはむさ苦しい連中ばかりだから変な男がついてきたらボクに言うんだよぉ」

 まるで父が娘に告げるように目尻を垂らす。「そ、その様な心配は無用かと存じますが、心強いです」真っ赤になったまま御礼を告げれば、ルキアがこっそりと耳打ちしてきた。

「時に……ゆか殿。行木と斑目の会話で小耳に挟んだのだが、ゆか殿は浦原のこ、恋人なのか?」

 初対面でいきなりの話題に、目と口がだらしなくぽかんと開いてしまう。

「ちょ、そんなことあるわけ……! 彼らの勘違いですよ、あの時ちゃんと否定したんですけど」

 コソコソと内緒話をすればニヤついた二人が食いついてくる。

「なんじゃー? 面白そうな話題が訊こえてきたのう」
「なになに、ボクも入れてよぉ」

 訊かれたのかとギョッとしてルキアと顔を見合わせた。
 直後、入り口の扉が音を立てて勢いよく開く。
 執務室の入り口に立ち止まっていたのは片手で書物を抱えた女性。

「こんな所で油を売っていたのですね、総隊長。帰りますよ、仕事が山ほど溢れていますから」

 京楽は、見つかっちゃった、という顔をしながらも、相手は溺愛する副隊長なだけに「七緒ちゃーん、アイサツしてただけだよぉ」と嬉しそうに十三番隊を出て行こうとする。すると七緒は挨拶と聞いてこちらの訪問に気づいたようだった。

「ようこそお越し下さいました、神野さま」

 そう言って、ぴしっと会釈をした。
 こちらが返事するまでもなく、失礼します、と言い残すと京楽を連れて去っていく。
 個性あふれる死神たちに翻弄されながら呆気にとられ。呆然と見送ると「慣れるまで時間がかかりそうじゃな」と隣にいた夜一が他人事のように笑っていた。

「……私は挨拶してないんですけど、名前を言い当てられた挙句、帰られてしまい。非常に驚いています」

 ルキアにはこの態度が可笑しかったようで、はは、と珍しく声を上げた。

「すまぬ。一護や井上の仲間にはゆか殿のような性格の持ち主は居らぬからな、つい」

 ひょっとしなくてもルキアに笑われているのか。確かに今の驚き方はあの山田花太郎に匹敵するほどの気弱さでもあったかもしれないと改めて自覚したのち猛省した。

「総隊長への挨拶も済んだことじゃ。そろそろ儂らも失礼するとするかの。皆には職務もあろう」

 十三番隊には一旦別れを告げ、ぞろぞろと寄ってくる隊士に頭を下げて外へ向かった。
 その去り際、ルキアに「また空いた時間にでも会おう」と約束をしてもらった。

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