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「破道の四、白雷──。……あ、出た」

 今日もこぢんまりとした艶やかなポニーテールが揺れる。
 一見、後ろ姿は華奢な夜一のようだが正面を向くとようやく別人だと認識する。

「喜助の奴、儂そっくりの装束など作りおって一体どういうつもりじゃ。神野の姿が儂のようで嬉しい反面、なんだか気恥ずかしいわ」

 見つめる先には自身と同じ配色を纏ったゆかが懸命に破道を繰り返している。唯一の違いは肩が露わになったところか。腰回りの丈が長く、現世の洋服に近い仕様になっている。それに気づいた夜一は、喜助の優しさかのう、とぼそり呟いた。
 安定した白雷に喜びを露わにしたゆかは、ぶんぶんと大きく手を振る。

「夜一さーん! 白雷できました、指先から光線が出ました!」
「上出来じゃ! それを儂に向かって放ってみよ」
「えっ」

 まだ練習の意識から抜けられず、夜一に向けて打つとなると途端に怖じ気づいてしまう。

「その意識を変えぬと戦闘に備えた実戦訓練は出来んぞ」
「はい、わかりました」
「なあに、案ずるな。お主の毛の生えた破道ではかすり傷すらつかぬ」

 その言いっぷりに、ですよねー、と得心するもあまりの言われように内心ショックが隠せない。次第にそのショックが負けじ魂に火をつけ、「いきますよ」と構えた。

 ──白雷と衝くらいしか教えてもらってないけど、勝手に覚えてる破道だってあるんだから。

 最近のゆかは一人で地下に行っては励んでいた。テッサイの基礎講座も早々に終わり、譲ってもらった鬼道の教本を手に勉強を重ねていた。元々の知識も幸いしてイメージがしやすい。衝撃や番号の大きい鬼道は難しいものの、よく見知った三十番台までは自主練に含めていた。

 ──まあ、覚えてる破道の好みは偏ってるけどさ……。

 もごもごと詠唱を読み上げたあと、ゆかは夜一に向かって霊力を込め、放った。最大時の霊圧はそれなりに大きいのだと自信を持つように言い聞かせた。

「……破道の三十二、黄火閃」

 瞬間、掌から放たれた黄色い霊圧が夜一を覆う。対象が見えなくなり、彼女が居るであろう場所を察知しその方向へ移動した。重ねて破道を使うのは上級者とわかっているが、刀もない自分には鬼道しかない。体力消耗だとも言ってられず、──今だ。

「破道の四、白雷」

 黄火閃の膜に光線が侵入していく。
 指先から放たれた光線は、夜一の霊圧のある方へと一直線に伸びていった。
「ふっ、」と息が聞こえた直後、煙が晴れる。目を凝らして姿を確認するが見当たらない。

「なかなか良い組合せじゃ! 感心、感心」

 後ろから声が。ばっと振り返ると、腕組みをした彼女が高笑いをしていた。ああ、やっぱり。
 前隠密機動総司令官で刑軍の人だし。ちっとも脅かせる相手じゃなかったとゆかは肩を落とす。

「瞬歩、ですか。うん、そうですよね……流石です……」

 両膝に手をあて荒れる息を整える。毛の生えた破道如きの人間から流石と言われても、と言葉の選択に反省したが、夜一は気にしなかったようだ。

「そう言うな。神野の術は初心者以上じゃぞ」

 褒められるのはいつだって嬉しい。
「ありがとうございます」照れ隠しにはにかむと、夜一は、そうじゃ、と提案をした。

「尸魂界にでも行ってみるかの? 実は儂が教鞭を執っておっての。何か参考になるやもしれん」
「えっ尸魂界へ行けるなら、是非行ってみたいです! 夜一さんの先生姿も見たいですし」
「決まりじゃな。向こうに確認して連れて行ってやろう。その前に喜助にも同意を得るがの」

 そうだった。あちらで所持していた小説で見た気がする。真央霊術院で『四楓院先生』と呼ばれているのを。あの場所に行けるチャンスはなかなかないからと身を乗り出してお願いした。
 人見知りの気質で未開拓の土地には緊張してしまうが、巡ってきたこの機会を逃してはならない。

 ──喜助さんは断らないと思うけど、というか最近は関わってないしなあ。

 そう。喜助といえばこの衣装をもらってからというもの、あまり顔すら合わせていない。会話は日常生活に必要なことくらいで。人によってはお互いに距離を置いているようにも見えるだろう。仮に夜一がそう感じているかは不明だが。
 しかしゆかはそうは思っていない。むしろ以前が近すぎただけだと考えていた。
 確かに今の胸中には、あの時生まれた若干のわだかまりがあるのだろう。
 けれども、それはそれ、これはこれだ。きっと時が経てばこの曇りを晴らしてくれる。

 じっと物思いに耽るゆかを見た夜一が心配そうに訊ねた。

「神野。最近、喜助と何かあったのか?」

 オブラートに包んで聞くという概念は夜一にはないらしい。

「何もないですよ? 体調も戻ったので、あんまり用がなくなったんじゃないんですか?」

 これは前々から感じていたことだ。あっけらかんと答えると、夜一は静かに「そうか」と一言。
 いつもの冗談を交えることもなく終わる会話に、頭を捻る。

 ──夜一さんこそ、なんで寂しそうに言うの。本当にただ用がないだけなのに。

 ゆかは気づいていなかった。
 夜一の単純な投げかけに対して、本心が滲み出ていたことに。

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